「アルフレッド・ヒッチコック監督作品集・シグネチャーズ・イン・サスペンス」 ALFRED HITCHCOCK PRESENTS... SIGNATURES IN SUSPENSE

作曲: ディミトリ・ティオムキン、フランツ・ワックスマン、バーナード・ハーマン、ジョン・アディスン、モーリス・ジャール、ロン・グッドウィン、ジョン・ウィリアムス
Composed by DIMITRI TIOMKIN, FRANZ WAXMAN, BERNARD HERRMANN, JOHN ADDISON, MAURICE JARRE, RON GOODWIN, JOHN WILLIAMS

(米HIP-O/HIPD-64661)

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ユニヴァーサル・スタジオのレーベル「HIP-O」より、アルフレッド・ヒッチコック監督作品のコンピレーション・アルバムがリリースされた。ヒッチの音楽集CDはこれまでに新録音盤が何枚かリリースされているが、このアルバムはサウンドトラックと新録音の混成になっている。サントラ・ファンにとっての目玉はバーナード・ハーマン作曲の「引き裂かれたカーテン」(未使用スコア)、フランツ・ワックスマン作曲の「裏窓」、及びジョン・ウィリアムス作曲の「ファミリー・プロット」の作曲者自身の指揮によるオリジナル録音で、これらはいずれも今回初めてリリースされたトラックである。その他は全て過去に何らかのアルバムに収録されていた録音ばかりだが、コンピレーションCDとしては重要な作品は一通り押さえており、アルバム全体としての完成度は高いと思う。

以下、収録曲(*印は未発表録音)を個別に紹介する:

 

「(TV)ヒッチコック劇場」 Theme (Charles Gounod)

ヒッチコックは自分の映画に1カットだけ出演することで有名だが、彼のあの風貌や独特のもったいぶった話し方が一般に広く知れ渡ったのは、1955年から1964年までTVで毎週放映されていた「ヒッチコック劇場(Alfred Hitchcock Presents)」のホストとして毎回冒頭と最後に登場し、ブラックなジョークをまじえてその日のエピソードを紹介していたことによる(日本では熊倉一雄氏がヒッチの声を吹替えていて、まさに適役だった)。余談になるが、この「ヒッチコック劇場」では、私の大好きなヘンリー・スレッサーや、ロアルド・ダールロバート・ブロックといったミステリ作家の短編小説が原作として毎回採り上げられており、私も再放送を随分と観たものである。ここでのヒッチの登場シーンに流れるのが、フランスの作曲家グノーによる「マリオネットの葬送行進曲」で、これを聴くとヒッチの横顔のシルエットがどうしても目に浮かんでしまう。

「ダイヤルMを廻せ!」 Theme (Dimitri Tiomkin)

フレデリック・ノットの戯曲を基にした倒叙ミステリ。レイ・ミランド、グレース・ケリー他が出演。音楽を担当したのは「ナバロンの要塞」や「真昼の決闘」等で有名なディミトリ・ティオムキンで、彼はこの作品と、「疑惑の影」「見知らぬ乗客」「私は告白する」の合計4本でヒッチと組んでいる。サスペンス・タッチのフレーズとロマンティックなフレーズの組合わせによるクラシック・フィルムスコア(電話のベル音がイントロに挿入されるところがいかにも古風でよい)。

「私は告白する」 Theme (Dimitri Tiomkin)

映画は、殺人の告白をされて他言できずに悩む神父(モンゴメリー・クリフト)を描いたヒッチにしては地味な作品だったが、ディミトリ・ティオムキンのスコアはロマンティックなタッチ。以上2曲は、以前にリリースされていたティオムキンの自作自演コンピレーション・アルバムに収録されていたもので、サントラではない。

*「裏窓」Juke Box #6 (Franz Waxman)

コーネル・ウールリッチ(aka ウィリアム・アイリッシュ)の短編小説をベースにしたヒッチのベスト作品の1つ。出演はジェームズ・ステュアート、グレース・ケリー他。フランツ・ワックスマンのスコアはジャズをベースにした洒落たタッチの音楽だったが、映画の中で主題歌風にディベロップされていく「Lisa」という曲については、ヒッチはもっと覚えやすいメロディを期待していたようで不評だったらしい。ワックスマンは、「サンセット大通り」「陽のあたる場所」「炎と剣」等の名作曲家だが、ヒッチとは、この作品に加え「レベッカ」「断崖」「パラダイン夫人の恋」の合計4本で組んでいる。この「裏窓」の音楽はワックスマン自身の指揮による演奏で、今回初リリース。

「めまい」 Scene d'Amour (Bernard Herrmann)

このアルバムのライナーノートでダニー・エルフマンが述べているように、ヒッチコックとバーナード・ハーマンのコラボレーションは監督=作曲家の理想的な組合わせであり、互いに自らのキャリアの中でベストの作品の幾つかを残している。「めまい」はジェームズ・ステュアート、キム・ノヴァック主演の傑作だが、ロマンティックな要素とミステリアスな要素を兼ね備えた複雑な作品で、ここに収録されているラブ・シーンでのハーマンの音楽も非常に美しい。このスコアは1枚もののサントラCDがVarese Sarabandeレーベルよりリリースされている。

「北北西に進路を取れ」 The Wild Ride (Bernard Herrmann)

ケイリー・グラント、エヴァ・マリー・セイント主演の「巻き込まれ型」サスペンスの傑作。バーナード・ハーマンのスコアはスペインの舞踏音楽ファンダンゴの形式を流用した複雑な短いフレーズの積み重ねによるエキサイティングな音楽。これは、主人公のグラントが無理矢理強い酒を飲まされてフラフラになった状態で車を運転させられるシーンの音楽。このスコアも1枚もののサントラCDがRhinoレーベルよりリリースされている。

「サイコ」 A Narrative for Orchestra (Bernard Herrmann)

ロバート・ブロックの長編小説を忠実に映画化した異常心理ドラマの原点とも言える名作。出演はアンソニー・パーキンス、ジャネット・リー他。シャワー・シーンでの泣き叫ぶようなヴァイオリンのフレーズはあまりにも有名。ダニー・エルフマンが音楽を担当したリメイクでもバーナード・ハーマンのスコアが忠実に再現されている。これは、ハーマン自作自演による「Great Hitchcock Movie Thrillers」というヒッチコック作品集に収録されていたロンドン・フィルハーモニー管弦楽団による演奏(CDにはロンドン交響楽団とクレジットされているが誤記)。尚、このスコアにはハーマンがナショナル・フィルを指揮した新録音盤もある。

*「マーニー」 Prelude, Marnie (Bernard Herrmann)

ショーン・コネリー、ティッピ・ヘドレン主演のロマンティック・スリラー。映画はヒッチにしては平凡な出来だったが、バーナード・ハーマンの音楽は極めてドラマティック。この2曲は、ハーマン自身の指揮による演奏で、本CDが初リリース(但し、音質の悪い海賊版による1枚もののサントラCDがかつてあった)。

「引き裂かれたカーテン」Main Title (John Addison)

*「引き裂かれたカーテン(Rejected Score)」 Prelude, The Ship, The Radiogram (Bernard Herrmann)

ポール・ニューマン、ジュリー・アンドリュース主演のスパイ・スリラーだが、ヒッチにとっては失敗作の1つ。この映画にヒッチは現代的でPopな音楽を要求したが、バーナード・ハーマンはこの指示を完全に無視して極めてオーソドックスなスコアを書いた。ヒッチはその場でハーマンを解雇し、彼らは二度とコンビを復活することはなかった。ハーマンをリプレースしたのはイギリスの作曲家ジョン・アディスンだが、彼のスコアも結局は最後に流れるタイトル・ソング以外はハーマン的なサスペンス・スコアとなっている。アディスンによるサントラはVarese Sarabandeレーベルから1枚もののCDが出ているが、ハーマンの映画未使用スコアの作曲者自身の指揮による演奏は今回初リリースであり、非常に貴重な録音である。尚、このハーマンのスコアには、エルマー・バーンステイン指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(LPのみ)と、ジョエル・マクニーリー指揮ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(Varese Sarabandeレーベル)による新録音盤がある。

「トパーズ」March (Maurice Jarre)

レオン・ユリス原作のスパイもので、ヒッチ後期の失敗作。出演はフレデリック・スタフォード、ジョン・フォーサイス他。音楽はフランスのベテラン、モーリス・ジャールだが、この勇壮なマーチはSilva Screenレーベルから出ていたポール・ベイトマン指揮による新録音コンピレーションに収録されていたもので、サントラではない。

「フレンジー」 The London Theme (Ron Goodwin)

ヒッチ後期の作品群の中では、かつてのサスペンス演出の冴えを取り戻した佳作。脚本が「探偵・スルース」等のアンソニー・シェーファー。出演はジョン・フィンチ、バリー・フォスター他。音楽はイギリスの名作曲家ロン・グッドウィンだが、メイン・タイトルに流れる「ロンドンのテーマ」はいかにも彼らしい風格あるマーチで、ヒッチもいたく気に入ったらしい。もともとヘンリー・マンシーニがアサインされていたが、ヒッチに降ろされてグッドウィンがリプレースした。このマンシーニのRejected Scoreも彼の自作自演コンピレーションに収録されている。この「フレンジー」のスコアは、上述のベイトマン指揮の新録音盤だが、グッドウィン自身の指揮による名演奏もLPで存在する(サントラではない)。

「間違われた男」 Prelude (Bernard Herrmann)

ヘンリー・フォンダが殺人犯と間違われた男を演じる実話に基づいたドラマで、ヒッチとしてはかなり地味な作品。音楽の方は、バーナード・ハーマンとヒッチコックのコラボレーション中では最も軽いタッチのスコア。これはエルマー・バーンステインがロイヤル・フィルを指揮したハーマンの作品集CD(Milanレーベル)に収録されていたもの。

*「ファミリー・プロット」 End Credits and End Titles (John Williams)

ヒッチ最後の作品で、彼らしいブラック・ユーモアの効いた佳作。出演はカレン・ブラック、ブルース・ダーン、ウィリアム・ディヴェイン他。音楽はジョン・ウィリアムスだが、彼は先輩であるバーナード・ハーマンに強く勧められてこの仕事を引き受けたらしい。ここでのエンド・タイトルはウィリアムス自身の指揮による演奏で初リリースだが、マンシーニの影響がまだ少し残っている洒落たタッチのスコアである。

「ハリーの災難」A Portrait of Hitch (Bernard Herrmann)

ヒッチの個性が強く出たブラックユーモアの傑作。出演はジョン・フォーサイス、シャーリー・マックレーン他。田舎町の牧歌的な雰囲気とユーモアとミステリの要素を兼ね備えたバーナード・ハーマンのスコアは、ある意味で最も「ヒッチコック的」な音楽だと思う。これはハーマン自身の編曲・指揮による演奏で、「ヒッチの肖像」というサブタイトルが付いている。上述のロンドン・フィルの演奏による「Great Hitchcock Movie Thrillers」に収録されていたもの。
因みにハーマンは、この「ハリーの災難」をはじめとして、「知りすぎていた男」「間違われた男」「めまい」「北北西に進路を取れ」「サイコ」「鳥」(音響顧問)「マーニー」の8作品でヒッチと組んでいる他、TVのヒッチコック劇場の幾つかのエピソードにも音楽を提供している。

 

尚、その他にも以下のようなヒッチコック作品コンピレーション・アルバムがリリースされているので、併せて紹介しておく。

「MUSIC FROM ALFRED HITCHCOCK FILMS」
Varese Sarabande / VCD 47225 (1985)
CHARLES KETCHAM conducts The Utah Symphony Orchestra

ファミリー・プロット  Family Plot (John Williams)
見知らぬ乗客  Strangers on a Train (Dimitri Tiomkin)
断崖  Suspicion (Franz Waxman)
汚名  Notorious (Roy Webb)

 

「A HISTORY OF HITCHCOCK: DIAL M FOR MURDER」
Silva Screen / FILMCD 137 (1993)
PAUL BATEMAN conducts The City of Prague Philharmonic Orchestra

ヒッチコック劇場  The Alfred Hitchcock Theme (Charles Gounod)
レベッカ  Rebecca (Franz Waxman)
断崖  Suspicion (Franz Waxman)
白い恐怖  Spellbound (Miklos Rozsa)
山羊座の下に  Under Capricorn (Richard Addinsell)
ダイヤルMを廻せ!  Dail M for Murder (Dimitri Tiomkin)
めまい  Vertgo (Bernard Herrmann)
北北西に進路を取れ  North by Northwest (Bernard Herrmann)
サイコ  Psycho (Bernard Herrmann)
マーニー  Marnie (Bernard Herrmann)
トパーズ  Topaz (Maurice Jarre)
フレンジー  Frenzy (Ron Goodwin)

 

「A HISTORY OF HITCHCOCK II: TO CATCH A THIEF」
Silva Screen / FILMCD 159 (1995)
PAUL BATEMAN conducts The City of Prague Philharmonic Orchestra

泥棒成金  To Catch a Thief (Lyn Murray)
三十九夜  The Thirty Nine Steps (Jack Beaver, Louis Levy)
バルカン超特急  The Lady Vanishes (Louis Levy, Charles Williams)
救命艇  Lifeboat (Hugo Friedhofer)
ロープ  Rope (Francis Poulenc, David Buttolph)
舞台恐怖症  Stage Fright (Leighton Lucas, Philip Lane)
見知らぬ乗客  Strangers on a Train (Dimitri Tiomkin)
裏窓  Rear Window (Franz Waxman)
ハリーの災難  The Trouble with Harry (Bernard Herrmann)
めまい  Vertigo (Bernard Herrmann)
北北西に進路を取れ  North by Northwest (Bernard Herrmann)
引き裂かれたカーテン  Torn Curtain (John Addison)
ファミリー・プロット  Family Plot (John Williams)

('99年8月)

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