(未公開)MAYRIG
(未公開)588 RUE PARADIS

作曲・指揮:ジャン=クロード・プティ
Composed and Conducted by JEAN-CLAUDE PETIT

(仏Music Box Records / MBR-203)

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「地下室のメロディー」(1963)「ダンケルク」(1964)「シシリアン」(1969)「華麗なる大泥棒」(1971)「恐怖に襲われた街」(1975)「追悼のメロディ」(1976)等のアンリ・ヴェルヌイユ監督(1920〜2002)が最後に手がけた長編映画2部作に、「愛と宿命の泉」(1986)「シラノ・ド・ベルジュラック」(1990)「プロヴァンスの恋」(1995)「ボーマルシェ/フィガロの誕生」(1996)「(TV)レ・ミゼラブル」(2000)等のジャン=クロード・プティ(1943〜)が作曲したスコアをカップリングにしたCD。2枚組となっており、1枚目に「(未公開)MAYRIG」、2枚目に「(未公開)588 RUE PARADIS」のスコアを収録。500枚限定プレス。

「(未公開)MAYRIG」は、1991年製作のフランス映画。出演はクラウディア・カルディナーレ、オマー・シャリフ、ナタリー・ルーセル、イザベル・サドヤン、ジャッキー・ネルセシアン、リシャール・ベリ、セドリック・ドゥーセ、トム・ポンサン、ステファン・セルヴェ、セルジュ・アヴェディキアン、ジャン=ピエール・ドゥラージ、ミシェル・バルドレ、クリスチャン・バルビエ、ニコラ・シルベール、ドゥニ・ポダリデス他。アンリ・ヴェルヌイユが自らの原作を基に脚本を執筆。撮影はエドモン・リシャール。

第一次世界大戦中の1915年に、オスマン帝国の少数民族であったアルメニア人の多くが、帝国政府により計画的・組織的に虐殺された(所謂「アルメニア人ジェノサイド」)。アンリ・ヴェルヌイユは、トルコ生まれのアルメニア人(本名はアショド・マラキアン)で、4歳の時に虐殺を逃れて国外脱出した家族とともに南仏のマルセイユに流れ着き、フランスで映画監督としてのキャリアを積んだ。この「(未公開)MAYRIG」と、続く「(未公開)588 RUE PARADIS」の2部作は、彼の子供時代からの実体験を基に映画化したもので、アクションやサスペンスといった娯楽映画のジャンルで知られたヴェルヌイユ監督が、そのキャリアの最後に手がけたシリアスな人間ドラマ。「(未公開)MAYRIG」では、アルメニア人の7歳の少年アザド・ザカリアン(ドゥーセ)が、マルセイユのフランス人社会で差別を受けながらも成長していき、20歳(セルヴェ)で大学の工学部を卒業するまでを描く。アザドの母アラクシをカルディナーレ、父ハゴップをシャリフが演じる。第2部で大人になったアザドを演じるリシャール・ベリは、ここではナレーションのみの出演。原題名の「Mayrig」はアルメニア語で“母”の意味。

ジャン=クロード・プティのスコアは、公開当時の1991年にフランスのWMDレーベルから全13曲/約41分収録のサントラCD(WMD Play-Time 752 001)が出ていたが、2022年6月にMusic BoxレーベルがリリースしたこのCD(1枚目)には全17曲/約53分を収録。「Délé Yaman (d'après le chant traditionnel arménien)」は、コーラスを織り込んだアラビックなタッチの静かな主題から、中盤ドラマティックに盛り上がり、ソニア・ニゴゴシアンのメゾ・ソプラノによるアルメニア語の歌(アルメニアに古くから伝わる主題)へと展開する感動的な曲。レヴォン・ミナシアンの演奏によるドゥドゥク(ダブルリードのアルメニアの民族楽器)の素朴な音色が印象的。「Mayrig」は、メランコリックで情感豊かなワルツ調のメインの主題で、プティらしい繊細でドラマティックなタッチが秀逸。この曲もドゥドゥクで演奏される。「Les mendiants de feu」「Prends ce qu'il te faut」は、メインの主題のバリエーションだが、ここではアイダ・ネルガラリアンの演奏によるカーヌーン(アラブ音楽で伝統的に使われる撥弦楽器)がフィーチャーされている。「Vasken」「Chant liturgique」は、荘厳なコーラス。「Regard d'enfant」は、メランコリックなタッチの曲。「Ouvrières à domicile」「Le baiser du père」は、ジェントルでドラマティックな曲。「Le marc de café」「La mort de tante Anna」は、メインの主題のバリエーション。「L'arrivée du héros」は、ジェントルでドラマティックなタッチの曲で、ジャン=ピエール・ネルガラリアンの演奏によるケマンチェ(イラン等で使用される擦絃楽器でヴァイオリンの源流となるもの)がフィーチャーされている。「Générique Mayrig」は、メインの主題のリプライズによるエンドタイトル。最後にボーナストラックとして「Délé Yaman (version alternative」「Mayrig (version alternative)」の代替バージョン、スペインの作曲家セバスティアン・イラディエル(1809〜1865)がキューバ訪問後に作曲したハバネラ(キューバの民俗舞曲)「La Paloma」、ダンスミュージック「Matinée dansante」を収録。

ヴェルヌイユ監督は、このスコアのメインの主題を撮影に先んじて作曲・録音することをプティに依頼し、彼はこの曲を現場でプレイバックしながら撮影した(特にアザドが母アラクシとダンスするラストシーン)。ドゥドゥクを演奏しているレヴォン・ミナシアンは、マルセイユで宝石商を営んでいたアマチュア演奏家だったが、この映画のサントラに起用されて以来、国際的に有名なプロのドゥドゥク演奏家となった。

「(未公開)588 RUE PARADIS」は、1992年製作のフランス映画。出演はリシャール・ベリ、オマー・シャリフ、ナタリー・ルーセル、クラウディア・カルディナーレ、ディアーヌ・ブレゴ、ジャッキー・ネルセシアン、イザベル・サドヤン、ザブー・ブライトマン、ジャック・ヴィエレ、シルヴィー・ジョリー、セドリック・ドゥーセ、トム・ポンサン、ステファン・セルヴェ、ダニエル・ルブリュン、アンリ・ヴェルヌイユ他。脚本のアンリ・ヴェルヌイユ、撮影のエドモン・リシャールは第1部と同じ。ここでは、フランス名のピエール・ザカール(ベリ)に変名して著名な舞台演出家になったアザドが、アルメニア人としてのルーツと葛藤しつつ、彼自身の生涯をモチーフにした舞台劇を企画・演出する過程を描く。原題名の「588 RUE PARADIS」は、マルセイユのメインストリートの1つであるパラディ大通りの588番地のことで、最後にアザドは母アラクシ(カルディナーレ)のためにこの番地に家を建てる。尚、第1部と第2部は同時に撮影されている。

ジャン=クロード・プティのスコアは、第1部の主題を継続しつつ、一部新しい主題も登場する(このスコアの初リリース)。CD2枚目の冒頭「Délé Yaman (Générique début)」は、前作と同じメインの主題によるメインタイトル。「Au bord du lac」は、ピアノをフィーチャーしたメインの主題のバリエーション。「La valse de l'Empereur」は、ヨハン・シュトラウス二世(1825〜1899)作曲のウィンナワルツ「皇帝円舞曲」。「Le retour du père」は、ドラマティックで躍動的な曲。「La chevalière」「La générale」は、劇中でザカールが演出する舞台劇『La chevalière』につけられたジェントルでリリカルな曲。「Alexandre Pagès」「Après la fête」「Souvenirs d'enfance」「En voiture」は、メインの主題のバリエーション。「La préparation」は、ジェントルかつメランコリックなワルツ調の曲。「Astrig」「L'alphabet arménien」「L'expérience」「Les photos」は、ザカールの愛人となるアストゥリグ(ブライトマン)の静かにドラマティックな主題。「Le doudouk」「La mort d'Hagop」は、ドゥドゥクをフィーチャーしたメランコリックな主題。「L'enterrement」は、荘厳なコーラス曲。「Le fou」は、メランコリックかつドラマティックな曲。「Le disque」は、優雅な舞踏音楽風のクラシカルな曲。「Générique de fin」は、メインの主題のリプライズからソニア・ニゴゴシアンのメゾ・ソプラノとコーラスによるアルメニア語の歌へと展開するエンドタイトル。ラストの「Délé Yaman (version alternative)」も、ソニア・ニゴゴシアンのヴォーカルによるドラマティックな主題で締めくくる。真摯で感動的なスコアで、ジャン=クロード・プティの力作。
(2022年10月)

Jean-Claude Petit

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