オムニバス・ホラーの愉しみ

 

オムニバス(Omnibus)とは、もともと乗合馬車・乗合自動車のことで、乗り物の「バス」はこれを省略した言葉だが、「オムニバス映画」というと、いくつかの独立した短いストーリーを集めた形式の映画を指す。クエンティン・タランティーノ、ロバート・ロドリゲス、アリソン・アンダース、アレクサンダー・ロックウェルが1話ずつ分担した「フォー・ルームス(Four Rooms)」(1995)等がその例だが、古くはO・ヘンリーの短編を題材にした「人生模様(O.Henry's Full House)」(1952/監督:ヘンリー・コスター、ヘンリー・ハサウェイ、ジーン・ネグレスコ、ハワード・ホークス、ヘンリー・キング)のように、著名な監督やスターの競演によるオムニバス映画も作られていた。

ホラー映画にオムニバス形式のものが多いのは、有名な恐怖小説が短編に多いためだと思われるが、話がブツブツと途切れる感覚に違和感さえ覚えなければ、1本の映画で複数のストーリーを楽しむことができる訳だし、全体として平凡な出来でも中に1話くらい良く出来たストーリーが入っているケースが多く、そういった佳作を探し出す楽しみもある。

私自身短編恐怖小説のファンなので、ポーやブロックの短編を映画化した作品を随分と見ているが、今回はそういったオムニバス・ホラー映画のいくつかを紹介してみようと思う。

 

1945年製作の古い白黒映画だが、欧米の映画評論では概して絶賛されているオムニバス・ホラー映画がある(あのレオナード・マーティンのガイドでは★4つの最高点を得ている)。「(未公開)夢の中の恐怖(Dead of Night)」というイギリス映画がそれで、監督はチャールズ・クライトンベイシル・ディアデンアルベルト・カヴァルカンティロバート・ハーメルの4人が分担している(原題名は「真夜中」という意味)。ロンドン郊外のとある別荘へ招かれた男(マーヴィン・ジョンズ)が、そこに集まっている男女から不思議な話を聞かされる、という形式で、屋根裏部屋で殺された少年の亡霊の話、殺人の現場を再現する鏡の話、事故で九死に一生を得たレーサーの前に現れる霊柩車の話、美女をめぐるゴルファーと幽霊の話、というように各話が展開していく。ここまでは作品の古さもあってそれほど恐くはないが、何といっても強烈なのはラストの腹話術人形の話である。名優マイケル・レッドグレーヴ(ヴァネッサの父親)が腹話術師を演じているが、人形の霊魂がレッドグレーヴに乗り移るラスト・ショットはゾーっとすること請け合いである。

欧米の恐怖小説史上最も重要な作家はエドガー・アラン・ポーハワード・フィリップス・ラヴクラフトだと思うが、この2人の小説はこれまでに何度も映画化されている。ポーの短編小説をオムニバス形式にした映画はいくつかあるが、その中でも完成度が高いのは“B級映画の帝王”ロジャー・コーマンが監督した「黒猫の怨霊(Tales of Terror)」(1962)である。コーマンはAIP社でポー原作による恐怖映画を合計8本監督しているが、これはその中の1本で、独特の色使いによる幻想的な演出が素晴らしい傑作。脚本は現存する恐怖小説作家の第一人者であるリチャード・マシスンが担当している(ところで、マシスン自身の短編小説をオムニバス形式で映画化した「(TV)恐怖と戦慄の美女(Trilogy of Terror)」(1975)というダン・カーティス監督/カレン・ブラック主演の映画もあり、特にブードゥー教の呪いの人形が狭い室内で執拗に主人公に襲いかかってくる「生け贄(Prey)」というエピソードは秀逸)。

「黒猫の怨霊」は、“怪奇映画の帝王”ヴィンセント・プライスが主演し、「カサブランカ」等の怪優ピーター・ローレ、シャーロック・ホームズ役者として有名なバシル・ラスボーン等が共演。3話から構成されているが、日本では何故か「怪異ミイラの恐怖(Morella)」「黒猫の怨霊(The Black Cat)」「人妻を眠らす妖術(The Case of M.Valdemar)」の3本に分割されて公開された。なんともすさまじい邦題が付いているが、当時AIP社が製作していた恐怖映画は日本公開時にとんでもない題名が付けられることが多く、中でもすごいのは「姦婦の生き埋葬(The Premature Burial)」(1962/出演:レイ・ミランド/まだ死んでいないのに棺桶に入れられて地中深くに埋められてしまうというおぞましい話で、これもポーの原作)とか、「忍者と悪女(The Raven)」(1963/出演:ヴィンセント・プライス、ボリス・カーロフ/原作はポーの有名な詩で、大鴉という意味)とかであり、特に後者は一体どこに忍者が出てきたんだろう?と首をかしげてしまう。

同じくポーの短編小説を映画化したオムニバス映画で有名なのは、「世にも怪奇な物語(Histoires extraordinaire/Tre passi nel delirio)」(1967)という仏=伊合作映画で、ロジェ・ヴァディムルイ・マルフェデリコ・フェリーニといったヨーロッパの著名な3監督が競作している。第1話の「黒馬の哭く館(Metzengerstein)」は、殺された男の魂が黒馬に乗り移り、美しい令嬢を死の世界へ連れ去るという話で、ヴァディムが監督し、ジェーン・フォンダが主演、弟のピーター・フォンダが共演した。第2話の「影を殺した男(William Wilson)」は、背徳的な生活に溺れる男が自分と瓜ふたつで同姓同名の男に悪事を邪魔され続けるという話で、ルイ・マルが監督し、アラン・ドロンブリジット・バルドーが出演。第3話の「悪魔の首飾り(Toby Dammit)」は、過度の飲酒で絶望的な生活を続ける天才的舞台俳優が少女の幻影に取り憑かれるという話で、フェリーニが監督し、テレンス・スタンプが主演。どのエピソードも監督の個性がよく出ているが、特にフェリーニ監督による第3話はまるで悪夢を見ているかのような幻想的な作品で、スタンプの生首が転がるラストシーンは恐怖そのもの。英語版では“帝王”ヴィンセント・プライスがナレーションを担当していた(こ、こわい……)。

「緋文字」で有名な作家ナサニエル・ホーソーンの恐怖小説「ハイデッガー博士の実験」「ラパチーニの娘」「七破風の家」の3話をオムニバス形式で映画化したのが、「(未公開)恐怖の夜(Twice-Told Tales)」(1963)で、監督はシドニー・サルコウ、主演は3話ともヴィンセント・プライスだった(各話で異なる役を演じている)。全体的にオーソドックスな演出だが、ゴシックホラーの雰囲気が楽しめる佳作。因みに監督のサルコウ氏は、私がロス・アンジェルス留学時に映画製作の講義を受講したカリフォルニア州立大で、演出の講義を担当していた人(ただ、私自身は彼の講義を受けたことはない)。

イギリスの恐怖映画専門製作会社としてハマー・フィルムと並んで有名だったアミカス・プロ(Amicus Production)は、数多くのオムニバス・ホラー映画を製作しているが、その内のいくつかはヒッチコックの「サイコ」の原作者として有名な恐怖小説作家ロバート・ブロックの短編小説をベースにしている(“Amicus”とはラテン語で“Low Budget”という意味だ、とブロックはうそぶいているが、本当は“友人”の意味)。ブロックは既に故人だが、ラヴクラフトの直系の弟子でもあり、数多くの短編小説を執筆し、リチャード・マシスンと共に現代恐怖小説の基盤を築いた名手である。

ブロックの短編を映画化したアミカス製オムニバス・ホラーは全部で3本あるが、その内の1つは、「残酷の沼(Torture Garden)」(1967)で、撮影監督としても有名なフレディ・フランシスが監督した。サーカスの見世物小屋を舞台に、バージェス・メレディス扮するディアボロ博士が客1人1人の未来を予言していくという形式の話だが、この中ではラストの「ポー蒐集家」の話が白眉。熱狂的なポーのコレクターが、ポーの死体を墓場から掘り起こして蘇生させ、新たな小説を書かせているという話で、ブロックの原作小説はその文体や構成がポーの小説「アシャー館の崩壊」のパロディになっている。主人公のコレクターにハマー・フィルムのフランケンシュタイン男爵役や、吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング教授役で有名な“怪奇映画の皇帝”ピーター・クッシングが、彼の秘密を暴くライバルのコレクターに「シェーン」等の名悪役ジャック・パランスが扮している。

「(未公開)怪奇!血のしたたる家(The House That Dripped Blood)」(1970)もブロックの短編をベースにしており、監督はピーター・デュッフェルが担当。“皇帝”ピーター・クッシングの他、ハマー・フィルムの吸血鬼ドラキュラ役で有名な“怪奇映画のプリンス”クリストファー・リーや、「インディ・ジョーンズ」シリーズのデンホルム・エリオットイングリッド・ピットジョン・パートウィー等の個性派俳優が出演している。この映画でよく出来ているのはリーが出演した「子供にはお菓子を」というエピソードで、母親から魔女の血を受け継いだ少女が、彼女を毛嫌いする父親(リー)の蝋人形を作ってさんざん針で刺しまくったあげくに暖炉に捨てて溶かしてしまう(その瞬間父親の寝室から絶叫が聞こえる)という話。ブロックの原作では少女が人形の首をブチっと食いちぎり(絶叫)、楽しそうにくちゃくちゃ食べながら走り去ってしまうという更におぞましい結末だった。

もう1本のブロック原作のアミカス映画は「(未公開)アサイラム・狂人病棟(Asylum)」(1972)で、監督はロイ・ウォード・ベイカー。この映画は名バイ・プレイヤーのオンパレードといった感じで、“皇帝”ピーター・クッシングの他、ハーバート・ロム(ピンクパンサー・シリーズのドレフェス署長役)、ロバート・パウエル(ケン・ラッセルの「マーラー」に主演)、バリー・モース(「(TV)逃亡者」のジェラード捜査官役)、シャーロット・ランプリング(「さらば愛しき女よ」のヒロイン)、ブリット・エクランド(ボンドガール)等が出演。題名の通り精神病院に収容されている患者の1人1人から彼らが経験した話を聞かされるというストーリーだが、ランプリングとエクランドの共演による「ルーシーがいるから」という短編は、多重人格者を題材にした話で「サイコ」に通ずるものがある。

ブロック原作以外のアミカス製オムニバス・ホラーでは、

「テラー博士の恐怖(Dr. Terror's House of Horrors)」(1964)(監督:フレディ・フランシス、出演:“皇帝”ピーター・クッシング、“プリンス”クリストファー・リー、ドナルド・サザーランド、マイケル・ゴーフ、バーナード・リー他)や、

「(未公開)魔界からの招待状(Tales from the Crypt)」(1972)(監督:常連フレディ・フランシス、出演:名優サー・ラルフ・リチャードソン、クッシング、ジョーン・コリンズ、リチャード・グリーン、イアン・ヘンドリー他)、

「呪われた墓(From Beyond the Grave)」(1973)(監督:ケヴィン・コナー、出演:クッシング、マーガレット・レイトン、ドナルド・プレザンス父娘、デヴィッド・ワーナー、レスリー=アン・ダウン、イアン・バネン他)、

「(未公開)墓場にて/魔界への招待・そこは地獄の始発駅(The Vault of Horror)」(1973)(監督:ロイ・ウォード・ベイカー、出演:ダニエル・マッセイ、デンホルム・エリオット、クルト・ユルゲンス他)、

「(未公開)The Monster Club」(1980)(監督:ロイ・ウォード・ベイカー、出演:ヴィンセント・プライス、ジョン・キャラディーン、ドナルド・プレザンス、ステュアート・ホイットマン、ブリット・エクランド他)がある。

「呪われた墓」は、ピーター・クッシングの経営するTemptations Ltd.というアンティーク・ショップが各エピソードをつなぐ役目を果たしており、例によってクッシングがブラック・ユーモアたっぷりに狂言回しの店主を演じている。この店から品物を盗んだり値段をごまかして買っていったりする客が必ず不幸な結末を迎えるのだが、1組の若夫婦だけは助かる。最初のシーンで夫の方があわてて代金を置いていき、クッシングが訝しげに金を数えはじめるので、やはりごまかしたなと思わせるが、話がハッピーエンドになったところで、金をかぞえているクッシングのカットに戻り、数え終わって一言、「あってる」。まるで落語のオチのようなエンディングで妙におかしい。クッシングは、映画の中では怪人やら変人やらを演じているが、ご本人は温厚で思慮深く知性的な完璧な英国紳士であり、私の最も好きなイギリス俳優の1人である(惜しくも故人)。

オムニバス映画ではないが、この“皇帝”クッシングと、“プリンス”クリストファー・リー、“帝王”ヴィンセント・プライスの3人に、“魔王”ジョン・キャラディーン(これらの呼称は正式なものではなく、私が勝手にそう呼んでいるだけである)を加えた“怪奇映画四天王”の共演している記念すべき映画が、「(未公開)魔人館(House of the Long Shadows)」(1983/監督:ピート・ウォーカー)であり、これがまたとてつもない駄作だったりする。

ところで、上述の「Tales from the Crypt」と全く同じ原題名のホラーTVシリーズがアメリカで1989年以降に製作されている(日本では「スクリーム」「ミステリーズ・パーティ」「フィアー・ナイト」「ハリウッド・ナイトメア」等のタイトルでTV放映・ビデオ発売済)。ジョエル・シルヴァー(「ダイ・ハード」シリーズのプロデューサー)、リチャード・ドナー(「リーサル・ウェポン」シリーズの監督)、ロバート・ゼメキス(「コンタクト」「フォレスト・ガンプ」の監督)、ウォルター・ヒル(「48時間」「ラストマン・スタンディング」の監督)というハリウッドのヒットメーカー4人が共同プロデュースしており、パイロット版はドナー、ゼメキス、ヒルが各エピソードを監督した3話構成のオムニバスだった(特にドナー監督作品が秀逸)。その後シリーズ化され、監督は上記3人の他にジョン・フランケンハイマーウィリアム・フリードキントム・ホランドスティーヴン・ホプキンストビー・フーパー他が担当し、アーノルド・シュワルツェネッガーダン・アイクロイドウーピー・ゴールドバーグジョン・リスゴービル・パクストンジョー・ペシデミ・ムーアカイル・マクラクランマイケル・J・フォックスティム・ロス他のスターが各エピソードに出演した。

ロッド・サーリングといえば「(TV)ミステリー・ゾーン(Twilight Zone)」のクリエーターとして有名だが、彼が1969年に製作したTVシリーズ「(TV)四次元への招待(Night Gallery)」のパイロット版も3話から構成されたオムニバス映画になっていて、その内の1本はまだ無名の頃のスティーヴン・スピルバーグが監督した(このエピソードの主演は大女優のジョーン・クロフォードだった)。ただ、この中で最も恐いのはスピルバーグ作品ではなく、ベテランのボリス・セイガルが監督したエピソードで、絵画の中の墓がだんだんと掘り起こされ中から死体が蘇ってくるという話だった(ふと気が付くと絵の中の情景がだんだんと変化している)。絵画の中の人物に霊魂が乗り移り、閉じていた目がカッと開くとか、位置が動くとかいった怪談話はよくあるが、このエピソードはそういった「絵画怪談」の怖さをうまく表現していた。

 

以上、オムニバス・ホラー映画のいくつかを紹介してきたが、最後にオムニバスではないが、「本当に恐い映画」を2本紹介しておく。

1本は、「ウィッカーマン(The Wicker Man)」(1973)という映画で、日本ではファンタスティック映画祭で初めて劇場公開された(ビデオは発売済)。行方不明の少女を捜索するためにイギリスの片田舎の孤島にやってきた警官(エドワード・ウッドワード)が、捜査を進める内にその島がサマーライル卿(クリストファー・リー)と呼ばれる不思議なカリスマを持つ人物による原始宗教に支配され、現代文明から隔絶された世界であると知るが、彼自身にもやがて信者たちの魔の手が……、というストーリーで、ドキュメンタリーのようなリアリスティックな描写と、じわじわと忍び寄る得体の知れない恐怖が強烈な印象を残す傑作。「探偵<スルース>」等のアンソニー・シェーファーの脚本をロビン・ハーディが監督した。

もう1本はアメリカ映画で「サンタリア・魔界怨霊(The Believers)」(1987)という作品だが、イギリス人のジョン・シュレシンジャーが監督し、マーティン・シーンが主演した。シュレシンジャーといえば、「真夜中のカウボーイ」等でアメリカ社会の醜い部分を外国人の視点から鋭く描いている監督だが、この映画でもアメリカに実在する宗教を題材にしており、陰惨で猟奇的な描写がすさまじく、全編が胸のむかつくような生理的恐怖に満ちた映画である。

ところで、このシュレシンジャー監督の作品に「マラソン マン」という良くできたサスペンス映画があるが、これは「痛い映画」のベスト1であろう。ローレンス・オリヴィエ扮する歯科医がドリルでダスティン・ホフマンの“健康な”歯に穴をあけて延々と拷問するシーンは、あのキュイーーーン+ガリガリガリガリというドリルの音がとにかく痛い! ロイ・シャイダー扮する殺し屋が別の殺し屋に背後から襲われ、手の甲に細いピアノ線が食い込んで浮き出した血管がプチっと切れ、どす黒い血がピューっと吹き出すシーンもい、痛い!(特殊メイクアップは名手ディック・スミス

個人的には、アミカス製ホラー映画のように、恐怖の中にもブラックユーモアのセンスを感じさせる映画が好みであり、そういった作品こそが、ホラー映画の愉しみを堪能させてくれる映画だと思う。

 

=2010年8月追記=

エスピーオーから「怪奇!血のしたたる家」のデジタル・リマスター版DVDが日本初リリースされた。なんとTV放映時の日本語吹替音声入り。吹替キャストはジョン・ベネット(嶋俊介)、ジョン・マルコルム(水島鉄夫)、ジョン・ブライアンズ(藤本譲)、デンホルム・エリオット(勝田久)、ジョアンナ・ダナム(浅井淑子)、ピーター・クッシング(八奈見乗児)、ジョス・アックランド(飯塚昭三)、ウルフ・モリス(国坂伸)、クリストファー・リー(寺島幹夫)、ナイリーン・ドーン・ポーター(荘司美代子)、クロエ・フランクス(冨永美子)、ジョン・パートウィー(北村弘一)、イングリッド・ピット(原えおり)他。

= END =

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