アカデミー音楽賞

98年のアカデミー賞のオリジナル・スコア賞は「タイタニック」のジェームズ・ホーナーが受賞した。 彼がデビュー当時に手がけた「宇宙の7人」というB級映画(下積みの頃のジェームズ・キャメロンが美術監督を担当した)の音楽はジョン・ウィリアムスの「スターウォーズ」とジェリー・ゴールドスミスの「スタートレック」を模倣したアマチュア的なスコアだったが、なんとその彼が今回一緒にノミネートされていたウィリアムス(アミスタッド)とゴールドスミス(L.A.コンフィデンシャル)の2大ベテランを差し置いてオスカーを受賞してしまったのである。 これはホーナーの作曲家としての実力が2大ベテランを凌駕した、というよりも、「タイタニック」という映画自体が記録的な興行収益を上げ、アカデミー賞の一大現象になっていたからではないだろうか。

ジェリー・ゴールドスミスは過去に何度もオリジナル・スコア賞にノミネートされている常連だが、今回の「L.A.コンフィデンシャル」のスコアが、同時期に彼の手がけた「エアフォース・ワン」や「ワイルド」より遥かに優れているとは思えない。 ところが、彼の実力からすれば水準程度の出来と思えるこのスコアでノミネートされた。 なぜか? L.A.コンフィデンシャル」という映画自体が作品賞、監督賞、助演女優賞(キム・ベイシンガーが受賞)にノミネートされていたからではないだろうか。

つまり、音楽自体の出来よりも映画会社のロビー活動やプロモーション活動によって受賞作品が決定される傾向があるということである(これは音楽賞に限ったことではないが)。 

という訳で今回はアカデミー賞の音楽賞にまつわるお話である。


アカデミー賞とは、MGMの創始者の1人であるルイス・B・メイヤーが1926年に設立した映画芸術科学アカデミー(The Academy of Motion Picture Arts and Sciencesによって年1回授与される賞のことで、第1回の授賞式は1929519日に開催された。 映画音楽に対して賞が授与された最初の作品は1934年の「The Continental」という映画の主題歌だった。

アカデミーのメンバーシップは勧誘された者だけが獲得できる。 勧誘されるには最低3つのメジャーな作品へのクレジットか、映画産業での顕著な成果・実績がなければならない。 5400人のメンバーがおり、その内の5,000人がアカデミー賞への投票権を持っている。 アカデミーの組織には12の支部(Branch)があり、Music Branch(約250人の作曲家、編曲者、オーケストレーター等が所属)ではカテゴリー毎に5つのノミネート作品を選出する。 Music Branchが授与する賞は次の3つである。

Original Score

作曲家のオリジナルによるドラマティック・アンダースコアの形式をとった実質的な音楽の集合体(Substantial Body of Music)であり、ソース音楽は含まない

Original Song

オリジナルの音楽と歌詞によって構成された歌曲(主題歌)で、映画の中でメロディと歌詞が明確に認識できるように演奏されているもの

Original Song Score

      同一の作曲家によってオリジナルに書かれた5曲以上の歌曲から構成されるもの 

ここでのポイントは、
@その映画の為に作曲されたオリジナルの音楽であること
A成果として見なされるに値する持続時間と効果を持っていること
B歌曲の場合は映画の中で(メロディと歌詞が)はっきりと聴き取れること、
である。

ドラマティック・アンダースコアとは、映画の中のアクションや特定のシーンの情感・雰囲気、登場人物の感情の変化等をサポートする劇伴音楽のことである。 また、ソース音楽(Source Musicとは映画の中でラジオやテレビから流れている音楽のことで、これはOriginal Scoreの対象とはならない(ソース音楽は映画の登場人物にも聞こえているが、劇伴音楽は観客にしか聞こえないので、前者をTheir Music、後者をOur Musicと呼んだりする)。

オスカーの受賞作品は次のようなプロセスを経て選出される。

Music Branchでは(他のBranchと同様)5つのノミネート作品を選出する。
・ノミネート作品はアカデミー劇場でメンバー全員に対して各々2回上映される。
・メンバー全員が全てのカテゴリーにおけるノミネート作品のリストを受け取り、カテゴリー毎に1作品を選んで投票する。
投票はプライス・ウォーターハウス社に直接送付され、極秘扱いで集計される。 集計の結果、最も得票数の多い作品が受賞作品となる。


受賞作品の選定には厳格なルールが適用されるが、前例のない事態が起きてすったもんだすることがある。 例えば過去に別の映画で使用されたことのある音楽の扱いである。

最も物議をかもしたケースはイタリアの名作曲家ニーノ・ロータ(フェリーニ監督作品や、「ロミオとジュリエット」「太陽がいっぱい」等で有名)による「ゴッドファーザー」The Godfatherの音楽で、当時パラマウント社の音楽部門の責任者だったビル・スティンソンは、事の顛末を次のように語っている。

「我々はニーノ・ロータが作曲した『ゴッドファーザー』の音楽をアカデミー賞のベスト・オリジナル・スコア賞の候補として提出した。 すると、ある日Music Branchの会長のジョン・グリーンが電話をかけてきて、彼が匿名のイタリア人作曲家グループから受け取った電報によると『ゴッドファーザー』の主題曲は過去に別のイタリア映画の中で使用されているのでアカデミーのルールに従えばオリジナル・スコアと見なされないはずだということだった。 ジョン・グリーンは私がこのことを知っていたかと聞いてきたので、私は知らないと答えた。 私の知っている限りでは『ゴッドファーザー』の主題曲はオリジナルであり、ニーノ・ロータとの契約にも彼のオリジナルの音楽であると明記されている。 グリーンはこの映画が大ヒットして、音楽もベスト・オリジナル・スコア賞受賞確実と予想されているので、非常にやっかいなことになったと言ってきた。 そこで、私は翌朝ローマのニーノ・ロータに電話して、『ゴッドファーザー 愛のテーマ』は過去に別の映画に使用されたことがあるのか問い質した。 すると彼は『確かに一度イタリアのTV映画で使ったことがある。でも、この曲は私が作曲したオリジナルには違いない』と言う。 そこで私はグリーンに電話して、ロータ自身過去にこの曲を別の映画に使用したことがあると認めているが、『ゴッドファーザー』の映画の中でこの曲(愛のテーマ)は全体で1時間以上のスコア中わずか3回、合計7分間流れるだけなので、私の計算ではスコア自体は実質的に(Substantially)オリジナルであり、たとえその特定の曲(愛のテーマ)を除いて考えたとしても依然としてスコア自体はオリジナルと見なされる、と主張した。 ジョニーはこの件を委員会に持ち込んで検討した結果、(アカデミーのルールにある)「実質的」という言葉は必ずしも「量的」(Quantitatively)なものを指すのではなく、「質的」(Qualitatively)なものを指しているので、『ゴッドファーザー』の映画の中では『愛のテーマ』が最も印象的な曲と考えられることから、このスコアは受賞の対象とはならない、と回答してきた。 これに対して、私は『質的な、などという解釈は今まで聞いたことがないので、その判断はアンフェアである』と反論した。 ジョンは態度を軟化して、状況をMusic Branchに報告した。 私はMusic Branchの全てのメンバーにこちらの状況を説明する電報を届けた。 翌日彼らは投票で我々のスコアを対象からはずすことを決定した。 というわけで『ゴッドファーザー』のスコアはノミネートされなかった」

これは、非常に難しい問題である。 芸術家というものは、少なからず過去の自分の作品を(表現を変えて)リピートしているものであり、それがそのアーティストの作風や個性にもなっていく。 上記のケースのように、厳密に「オリジナル」であることを追求することが必ずしも意味のあることとは思えない。


もともと主題歌(Original Song)として作曲・作詞されたが、公開された映画では歌詞が唄われなかった場合も問題となる。

有名なのはディミトリ・ティオムキン(「真昼の決闘」「ナバロンの要塞」「ジャイアンツ」等の名作を多数残したハリウッドの作曲家)による「紅の翼」The High and the Mightyの主題歌のケースである。 この映画が公開された時には、劇中で主人公のパイロットに扮したジョン・ウェインがこの曲を時々口ずさむだけで歌詞は唄われなかったが、ティオムキン自身のかなり強引なプロモーション活動の結果、この曲はオリジナル主題歌賞(Best Original Song)のノミネートの対象と見なされた(実際には公開時のプリントにコーラスによる主題歌の歌唱を追加することで後づけで条件を満たした。 現在のアカデミーのルールではこの手の後づけの操作は認められていない)。

ティオムキン自身はこう語っている。

「受賞にこだわっている訳ではないが、公正さを求めたい。 アカデミーのMusic Branchは『紅の翼』の主題歌を歌(Song)ではなく主題曲(Theme)であると主張していたが、そもそもこの曲は歌として私が作曲し、ネッド・ワシントンによる歌詞が付けられていたものだった。 ところが、監督(ウィリアム・ウェルマン)が大空を飛ぶ飛行機の見事なショットをものにしたので歌詞をカットしてしまった」

同じ年に「愛の泉」Three Coins in the Fountainの主題歌(作曲はヴィクター・ヤング)でオリジナル主題歌賞にノミネートされていた作詞家のサミー・カーンは、次のように激しくティオムキンを非難している(結局、主題歌賞は「愛の泉」が受賞し、「紅の翼」はオリジナル・スコア賞を受賞した)。

「最初のプレビューでは『紅の翼』の主題曲からは歌詞がカットされていた。 アカデミーのルールに従えば、オリジナル主題歌賞の対象となるには、劇中で実際に歌詞の唄われているプリントがアカデミー賞の対象となる年内にロサンゼルス地域で1週間以上上映されなければならないことになっているので、『紅の翼』は受賞の対象外となるはずだった。 ところがティオムキンはこの映画のたった1本のプリントに歌詞を後で追加して地方で1週間上映したことで、強引にノミネートの対象にさせてしまった」

カーンはティオムキンが露骨に行ったプロモーション活動の弊害を強く主張している。 実際に映画会社によるこの手のPR活動の結果として、内容的には水準以下のスコアが音楽賞を受賞するようなこともある。

アカデミー賞にノミネートされ、受賞することはアーティストのキャリアにとって絶大な意味を持つ。 全く無名だった人間でも受賞した翌日から電話が鳴り止まなくなる。 それだけの意味を持つ賞なのだから、真に優れた業績に対して授与されるべきだが、実際には優れた才能の多くは無視されている。 映画音楽に関しては特にその傾向が強く、優れたスコアの殆どがノミネートすらされないのは非常に残念なことである。

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