ミステリほど素敵なジャンルはない

 

映画のジャンル分けの際のミステリ、サスペンス、スリラー、ショッカー等といった言葉の区別があいまいな理由のひとつは、日本のテレビに「○曜サスペンス劇場」という番組があるせいではないかと思う。 この手のテレビドラマでは、ミステリの分類に入りそうな内容のものもあるが、これらを全て「サスペンス」という言葉でひとまとめにしているので「全部同じ」という印象を与えてしまう。

純粋なホラー(恐怖・怪奇映画)はまた別のジャンルと考えるとして、ミステリ、サスペンス、スリラー、ショッカーはどう区別すればよいのか?

 

ミステリ(Mysteryとは、「謎」のことであり、誰が犯人か、何故やったのか、どうやってやったのか等の不明確な点があり、それらがストーリーの展開につれて(主人公である探偵や刑事の調査・推理によって)解き明かされていくタイプの話をいう。 特に「犯人は誰か」が謎の中心となっているものを「フーダニット(Whodunit = Who done it?)」と呼ぶ。 また、最初から犯人がわかっているパターンのミステリもあり、これを「倒叙ミステリ(Open Mystery)」と呼ぶ(テレビの「刑事コロンボ」がその例)。

一方、サスペンス(Suspenseとは、糸がピンと張り詰めたような緊張感のことで、時限爆弾が爆発するとか、高所から落下するというような最悪の事態を予測してハラハラする感覚のことをいう。 例えばアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の「恐怖の報酬」では、ちょっとした振動でも爆発するニトログリセリンを満載したトラックが険しい山道を走行するという状況で、「爆発する」ことを予測して観客は手に汗を握る。

スリラー(Thrillerは意味としてはサスペンスに近いが、「スリラー映画」というといかにも大袈裟で古風な響きがあり、かつてのヒッチコックの映画などにはピタっとくるが、最近ではあまり使われていない言葉である。 ショッカー(Shockerも、最近ではあまり聞かない言葉だが、これは文字通り観客にショック(衝撃)を与えるタイプの作品で、むしろホラー映画に近い。

今回はミステリのジャンルを好んで取り上げている映画作家(監督や脚本家)について紹介してみようと思う。 


まず名前が思い浮かぶのはアルフレッド・ヒッチコックであるが、彼はミステリというよりはサスペンスの分野を究めた映画監督である。 ヒッチのサスペンス映画の話をし出すと53本全部のことを書くはめになるので、敢えてミステリ要素の強い作品を選ぶとすれば、フレデリック・ノット(「暗くなるまで待って」の原作者)の戯曲を基にした「ダイヤルMを廻せ!」が挙げられるだろう。 これはレイ・ミランド扮する元プロ・テニスプレイヤーが財産ほしさに殺し屋を雇って妻(グレース・ケリー)を殺害しようとする話で、犯人が最初からわかっている「倒叙もの」の典型である。 話のポイントはジョン・ウィリアムス扮する刑事がレイ・ミランドの殺人計画をいかに暴いていくかであり、ミステリドラマとしては非常によく出来ていたと思うが、セリフが多すぎて動きが少ない点がいつものヒッチコック映画らしくなく、彼自身はあまり気に入っていない作品のようである。

ヒッチコックは、「ミステリというものは犯人がわかってしまえば二度と観る気がしないジャンルであり、自分はむしろサスペンスに関心がある」と明言しているが、その割には彼の映画の原作者を挙げてみると、「見知らぬ乗客」パトリシア・ハイスミス(「太陽がいっぱい」等で有名な女流作家)、「めまい」ピエール・ボワロー/トーマス・ナルスジャック(「悪魔のような女」等で有名なフランスのコンビ作家)、「裏窓」コーネル・ウールリッチ(「黒衣の花嫁」「幻の女」「暁の死線」等が映画化されているサスペンス小説の名手)、「レベッカ」「鳥」ダフネ・デュ・モーリア「サイコ」ロバート・ブロックといった具合に、ミステリの分野で有名な作家が多い(「鳥」の脚本はエヴァン・ハンター aka エド・マクベインが担当)。 しかもテレビの「ヒッチコック劇場」の原作にはロアルド・ダールヘンリー・スレッサースタンリー・エリン等ミステリの名手の短編作品を好んで取り上げており、この面から見ればやはりヒッチコックはミステリ映画の第一人者ということになるだろう。


シチュエーション・コメディで有名なビリー・ワイルダーもミステリ好きな監督である。 アガサ・クリスティ「検察側の証人」を映画化した「情婦」や、ジェームズ・M・ケインの小説「倍額保険」レイモンド・チャンドラーが脚色した「深夜の告白」が有名であるが、ストレート・ドラマの「サンセット大通り」「悲愁」にもミステリの要素が含まれている。

私が個人的に大好きなワイルダーのミステリ作品は「シャーロック・ホームズの冒険」(The Private Life of Sherlock Holmesである。 これはドイルの原作の映画化ではなく、全くオリジナルのストーリーであるが、いかにもワイルダーらしいロマンティックで洒落た脚本だった。 ベーカー街の見事なオープンセットや、美しい色彩の映像、ミクロス・ローザの情感豊かな音楽等全ての面において一流の作品である。 ここでホームズを演じたのはロバート・スティーブンスというイギリスの舞台俳優で、この映画の後はしばらくパっとしなかったが晩年になってシェークスピアの「リア王」の舞台で再評価されてオリヴィエ賞を受賞し、最近ではケネス・ブラナー監督・主演の「ヘンリー五世」にも出演していた。 94年にはナイトの称号を授与されたが、9511月に64才で惜しくもこの世を去った。 また、この映画でシャーロックの兄のマイクロフトを演じているのはハマー・フィルムのドラキュラ映画で有名なクリストファー・リーであるが、彼自身、過去にドイツ映画でホームズを演じている他、晩年のホームズを演じたテレビドラマがNHKBSで放映されていた。 このワイルダーのホームズ映画は残念ながら日本ではまだビデオ等が出ていないが、米国ではLDが発売されており、これは公開当時カットされたエピソードの一部が復元されたコレクターズ・アイテムとなっている(この映画は当初3時間を超す大作として製作されたが映画会社側の意向で2時間弱にぶった切られた)。


シドニー・ルメットは何といってもデビュー作の「十二人の怒れる男」が素晴らしく、未だにこの作品が彼のベストとの説もある(と言われるのは本人は不本意だろうが…)。 12人の陪審員が1人の少年の有罪・無罪を巡って白熱の議論を戦わせるディスカッション・ドラマで、緻密に計算された脚本(レジナルド・ローズ)や、ヘンリー・フォンダをはじめとした出演者の演技が見事。 この作品をベースにして「12人の優しい日本人」を書いた脚本家の三谷幸喜氏が「この映画は出演者が同時にしゃべり出すシーンが多いので字幕よりは日本語吹替えで見たほうがよい」と言っているが、まさにその通りで日本でテレビ放映された際の吹替えも絶妙だった。 シドニー・ルメットは「ネットワーク」「狼たちの午後」「未知への飛行」といった骨太の社会派映画も数多く手掛けているが、よほどミステリが好きらしく、「オリエント急行殺人事件」「デストラップ/死の罠」「評決」等、今でもこのジャンルを撮り続けている。

「オリエント急行殺人事件」アガサ・クリスティ原作のベルギー人探偵エルキュール・ポワロを主人公にした有名な作品だが、映画の方もアルバート・フィニー(ポワロ役)、ショーン・コネリー、イングリッド・バーグマン、ローレン・バコール、ジャクリーン・ビセット、アンソニー・パーキンス、リチャード・ウィドマーク、ジョン・ギールガッド、ヴァネッサ・レッドグレーヴといったオールスター・キャストで堂々と正攻法で描いた大作だった。 ラストで出演者が1人ずつカメラの前に来て乾杯していくシーンが舞台劇のようで印象深い。 リチャード・ロドニー・ベネットの音楽も素晴らしい。

「デストラップ/死の罠」は、「死の接吻」「ローズマリーの赤ちゃん」「ブラジルから来た少年」等奇抜なアイデアの小説で有名なアイラ・レヴィンによる戯曲を映画化したものだが、ミステリ作家が主人公である点やドンデン返しの連続によるストーリー展開など、ジョゼフ・L・マンキーウィッツが監督したミステリ映画の大傑作「探偵/スルース」のパロディにもなっている(但し、作品の完成度は「スルース」に及ばない)。


その他、次のような著名な映画監督が過去にミステリ(サスペンスを含む)作品を手掛けており、フィルムメーカーにとってよほど魅力的なジャンルなのだろう。

キャロル・リード:「第三の男」「邪魔者は殺せ」「ミュンヘン行き夜行列車」等

アンリ=ジョルジュ・クルーゾー:「悪魔のような女」「恐怖の報酬」等

ウィリアム・ワイラー:「探偵物語」「必死の逃亡者」「コレクター」等

ルネ・クレマン:「太陽がいっぱい」「雨の訪問者」「狼は天使の匂い」等

フレッド・ジンネマン:「ジャッカルの日」「日曜日には鼠を殺せ」等

黒澤 :「天国と地獄」(エド・マクベインの「キングの身代金」の映画化)

また、ハードボイルドはミステリの中でも特殊なジャンルであるが、この分野では次のような名監督がいる。(これらは「犯罪映画」「アクション映画」の分類にも入る)

ジョン・ヒューストン:「マルタの鷹」「アスファルト・ジャングル」等

ジャン=ピエール・メルヴィル:「いぬ」「ギャング」「サムライ」「仁義」「リスボン特急」等

ドン・シーゲル:「殺人者たち」「刑事マディガン」「マンハッタン無宿」「突破口!」「ダーティ・ハリー」「テレフォン」「アルカトラズからの脱出」等

サム・ペキンパー:「ゲッタウェイ」「わらの犬」「ガルシアの首」等

特にジャン=ピエール・メルヴィルはスタイリッシュでシャープな映像作りを得意とするフランスの名匠で、「レオン」「フィフス・エレメント」のリュック・ベッソンや、「ブロークン・アロー」「フェイス/オフ」のジョン・ウー等、現在第一線で活躍している映画作家にも強い影響を与えている。


ミステリ好きの脚本家も2人紹介しておく。

ピーター・ストーン「シャレード」の脚本で有名である。 この映画はミュージカル映画のベテラン、スタンリー・ドーネン監督がヒッチコック・タッチを狙った「スリラー映画」で、ケイリー・グラントとオードリー・ヘップバーンといういかにもお洒落な主演コンビに、ウォルター・マッソー、ジェームズ・コバーン、ジョージ・ケネディといった曲者俳優が脇を固めるという豪華なキャスティングだった。 タイトルデザインがソール・バスで音楽がヘンリー・マンシーニとスタッフも一流。 ストーンの脚本も二転三転する軽妙なストーリー展開が実に巧く、ヒッチコックの全盛期の作品に迫る出来である。 ラストのオチも秀逸。

彼のミステリ趣味が更によく出ているのはテッド・コッチェフが監督した「料理長殿ご用心」で、これはナン&アイヴァン・ライアンズの小説を脚色したものだが、原作より映画の方が断然面白い。 こちらもジョージ・シーガルとジャクリーン・ビセットというお洒落な主演コンビに、イギリスの個性派俳優ロバート・モーレィ(太った体型のせいか美食家の役が多い)や、フィリップ・ノワレ、ジャン・ロッシュフォール、ジャン=ピエール・カッセルといったフランス演劇陣が一流シェフに扮するという豪華キャスト。 音楽はこれまたマンシーニが担当。 世界的に有名なシェフが次々と殺されていくが、その犯人は?というストーリーで、美味しそうな料理が次々と出てくる。 ミステリ・ファンにとっては実に楽しい作品。

ジョン・ゴーティの小説をストーンが脚色した「サブウェイ・パニック」も、原作より映画の方が断然面白い。 これは欧米の映画ファンの間では隠れた名作になっているが、日本題名がいかにもまずい(原題名はThe Taking of Pelham One Two Three)。 監督のジョセフ・サージェントはどちらかといえば平凡な人だが、ストーンの脚本が抜群に良いのでかなり得をしている。 武装したテロリスト4人組がニューヨークの地下鉄をハイジャックし、1時間以内に身代金2百万ドルを届けるようニューヨーク市に指示する。 鉄道公安官に扮するのがウォルター・マッソーで、犯人側はロバート・ショー、マーティン・バルサム、ヘクター・エリゾンド等と凝ったキャスティング。 推理小説作家の宮部みゆき女史がこの作品について「追う方も追われる方もこれほどカッコ良くない強奪ものというのは珍しい」と評しているが、確かにその通りで互いに相手を出し抜こうと駆け引きを繰り広げるのだが、どことなくズッコケていてサスペンスとユーモアのバランスが絶妙の脚本となっている。 ラストの1ショットがお見事。

更にテレビではロベール・トマの有名な舞台劇「罠」を映像化した「他人の向う側(ビデオ題名)」というミステリドラマの脚本を担当しているが、これは例の「生きていた男」のバリエーションの1つで、このネタは「刑事コロンボ」の原作者であるレビンソン&リンクのコンビも「消えた花嫁」というドラマで流用している。

 

コリン・ヒギンズという名前を知っている人はかなりのミステリ映画通である。 アーサー・ヒラーが監督した「大陸横断超特急」は、ミステリ、サスペンス、アクション、コメディ、ロマンスの全ての要素を詰め込んだかつてのプログラムピクチャーのような良く出来た娯楽映画だったが、シーン・ワイルダーとリチャード・プライヤーのコンビが犯罪事件に巻き込まれて大陸横断列車から落っこちたり、また追いついて乗り込んだりしながら事件を解決していくストーリーはヒッチの「北北西に進路を取れ」にも通ずるものがある。 この映画の脚本を書いたのがコリン・ヒギンズで、彼の作風のベースにあるのはコメディのセンスであり、それにヒッチコック的はサスペンスの要素を加えた感じである(彼は「9時から5時まで」というコメディ映画も監督している)。

その傾向が更に顕著なのは彼が脚本・監督を担当した「ファール・プレイ」であり、これは明らかにヒッチの「知りすぎていた男」のパロディである(オペラのコンサート中に法王を暗殺しようとするクライマックスは完全に同じ)。 ゴールディ・ホーンとチェビー・チェイスというコメディ系の主演コンビに、ダドリー・ムーア(お笑い系)、バージェス・メレディス(ホラー系)等の個性派俳優が脇を固めている。 ほとんどスラプスティックな部分もあるが、サスペンスの要素もしっかりと押さえており、技巧的な部分のもの真似ばかりしているブライアン・デ・パルマなんかよりも彼の方がヒッチコックのタッチに近いような気がする。

 

というわけで色々と書いてきたが、「ミステリ映画」は才能あるフィルムメーカーが好んで取り上げている題材であり、映画作家たちにとってはこれほど「素敵なジャンルはない」のだと思う。

END

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