リチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンクはフィラデルフィアの中学生時代からの親友で、2人ともミステリと手品の大ファンだった。 2人はコンビを組んで小説や脚本を書きはじめ、TVの「逃亡者」や「0011/ナポレオン・ソロ」、そしてアルフレッド・ヒッチコックが製作していた「ヒッチコック劇場」、「ヒッチコック・サスペンス」に幾つかの脚本を提供した。 その後、彼らは「PRESCRIPTION: MURDER」という戯曲を書き、これがブロードウェイで上演された。 妻を殺害する精神科医役にジョセフ・コットン、妻役にアグネス・ムーアヘッド、そして刑事役にトーマス・ミッチェルが扮した。 このミッチェルの演じた刑事の名前がコロンボで、この舞台劇では脇役であった。 その後、この同じ戯曲を作者自身が脚色して作られたTVドラマが「殺人処方箋」で、犯人の精神科医にジーン・バリー、コロンボ警部にはピーター・フォークが扮した。 実はレヴィンソンとリンクはコロンボ役にリー・J・コッブかビング・クロスビーを考えていたが、彼らが断った為にフォークに決めたという。 監督はベテランのリチャード・アーヴィングが担当したが、当初この脚本に最も乗り気だったのは「ダーティ・ハリー」のドン・シーゲルであった。 結局シーゲルの都合が悪くなってしまったようだが、彼が監督していればまた違ったタッチの作品になったと思う(余談だが、シーゲルがイーストウッドと組んで撮った「マンハッタン無宿」はTVの「警部マクロード」の原型となった)。
このコロンボのシリーズはTVの刑事ドラマの常識から言うと絶対にヒットしそうにない次のような条件を含んでいた・・・ 1)主人公は背が高くて腕っぷしの強いハンサムな男ではなく、小柄で不潔でネチネチしつこくてくたびれた中年のおやじである 2)アクション・シーンや暴力描写が殆ど皆無で、主人公は刑事のくせに拳銃すら持っていない 3)主人公が最初の15〜20分も登場しない 4)話が入り組んでいる上にセリフが多く、集中して見ていないと筋についていけなくなる 5)ミステリ・ドラマなのに犯人は最初からわかってしまっている ところがこのシリーズは全米のみならずヨーロッパやアジアの各国でも大ヒットとなり、非常にクォリティの高いTVドラマとして評価され、著名な映画スターが次々と自ら進んで犯人役を演じるようになって更にドラマの質が高まるという効果をもたらした。 成功の要因は幾つか考えられるが、まずこのシリーズでレヴィンソン&リンクが成し遂げた最大の功績は上記の5)の部分である。 殺人事件を扱った一般のミステリでは犯人は誰か、どうやって殺したのかが謎解きのポイントとなっており、この手のパターンを英語ではフーダニットと言う。 これに対して最初から犯人が明らかであり、探偵や刑事がいかにして犯人の完全犯罪を崩していくかがストーリーのポイントになっているパターンを「倒叙ミステリ」と言う。 レヴィンソン&リンクは「コロンボ」で初めて倒叙ミステリのTVドラマを成功させた(但し、全エピソード中、37話の「さらば提督」のみは純粋なフーダニットものになっている)。
コロンボのドラマの面白さは、観客が主人公であるコロンボに感情移入するのではなく、むしろ殺人を犯す犯人側に共感を覚える点である。 先ず第一に被害者が殺されて当然のような人物であることが多く、犯人の殺人行為を見ている方が承認してしまう。 更に犯人を演じているのはTVや映画の人気スターだったりして、いよいよもって観客は殺人者に同化していく。しかも最初の数10分はこの犯人役が出ずっぱりで、あたかも話の主人公のようである。殺人が遂行されるとやっとこさコロンボが登場するが、この時点で既に犯人に共感を覚えてしまっている観客にとって、コロンボは細かいことをネチネチと質問してきてうっとうしいことこの上ない。 やっと帰るかなと思うと「あ、そうそう、あと1つだけ・・」とまた戻ってきたりして、犯人と一緒にこっちまでドキッとしたりする。 この辺が脚本の巧いところで、本来主役であるコロンボをあたかも敵役のような設定にもってきて、犯人と同化している観客に強烈なサスペンスを与える。 そして、ラストでは鮮やかなトリックで犯人の有罪を立証するが、この時のショックは観客が犯人に同化しているだけに非常に効果的である。 これ程までに観客のエモーションを操作するストーリー展開はTVのミステリ・ドラマには珍しいと思う。
「コロンボ」のもう1つの魅力は豪華なゲスト・スターである。 ジャック・キャシディ、ロバート・カルプ、エディ・アルバート、ロディ・マクドウォール、アイダ・ルピノ、ジョン・カサヴェテス、レイ・ミランド、リチャード・ベイスハート、アン・バクスター、メル・ファーラー、ローレンス・ハーヴェイ、ヴェラ・マイルズ、ヴィンセント・プライス、マーティン・シーン、ドナルド・ プレザンス、ジャッキー・クーパー、ホセ・ファーラー、ロバート・コンラッド、ディック・ヴァン・ダイク、オスカー・ウェルナー、ジョージ・ハミルトン、ジャネット・リー、レスリー・ニールセン、リカルド・モンタルバン、ルイ・ジュールダン、ニコル・ウィリアムソン等、映画でも主役・脇役で有名なスター陣に加えて、別の人気TVシリーズで主役を演じていたスター達、ジーン・バリー(「バークにまかせろ」)、ウィリアム・シャトナーとレナード・ニモイ(「宇宙大作戦」)、マーティン・ランドー(「スパイ大作戦」「スペース1999」)、パトリック・マクグーハン(「プリズナーNO.6」)、ロバート・ヴォーン(「0011/ナポレオン・ソロ」)等、実に多彩な俳優達がコロンボと対決する犯人役でゲスト出演した。 監督にもTV畑のヴェテラン達に混じって「ジョーズ」をヒットさせる前のスティーヴン・スピルバーグや、「ある日どこかで」のジャノット・シュワーク、「羊たちの沈黙」のジョナサン・デム等の名前が見られる。(詳細は文末のリスト参照)
レヴィンソンとリンクのコンビはこの後もアンジェラ・ランズベリー扮する女流ミステリ作家を主人公にした「ジェシカおばさんの事件簿(MURDER, SHE WROTE)」を製作して成功させる。これまた、誰もがヒットしそうにないと予想したシリーズで、女性の刑事や探偵を主役にしたドラマの常識をことごとく破っていた。 まず、主役は若くてセクシーな美女ではなくいい年をしたおばさんであり、脇で出てくるのも中年の地味なおじさんばかり、ラストで主役をピンチから救うハンサムな男性も現れない。 話はコロンボのパターンとは逆の完全なフーダニットもので、非常に筋が入り組んでいて観客の集中を要する。 これだけ難しい条件が揃っていたにもかかわらず、このシリーズは全米のゴールデン・タイムに放映され高視聴率を記録した。
「コロンボ」等のシリーズもの以外にも、レヴィンソン&リンクは単発のTV映画の脚本を多数書いているが、いずれも非常に完成度の高い傑作ばかりである。 中でも「MURDER BY NATURAL CAUSES(殺しの演出者/主演:ハル・ホルブルック/’79)」、「REHEARSAL FOR MURDER(殺しのリハーサル/主演:ロバート・プレストン/’82)」、「GUILTY CONSCIENCE(本邦未放映/主演:アンソニー・ホプキンス/’85)」の3部作は2重3重のドンデン返しが巧妙に仕組まれた極めて高度なミステリ・ドラマとして評価が高い。
シリアスな社会派ドラマでもレヴィンソン&リンクは傑作を多数残している。 学生の暴動をテーマにした「THE WHOLE WORLD IS WATCHING(’69)」、南部の白人女性とニューヨークから来た黒人弁護士の関係を描いた「MY SWEET CHARLIE(’70)」、同性愛者をテーマにした「THAT CERTAIN SUMMER(’72)」、スピルバーグ監督/マーティン・ランドー主演の事件記者もの「SAVAGE(’73)」、南北戦争以降に脱走兵として処刑された唯一のアメリカ兵の実話「THE EXECUTION OF PRIVATE SLOVIK(’74)」、1丁の拳銃を巡るオムニバス・ドラマ「THE GUN(’74)」、TVの暴力描写が子供に与える影響を描いた「THE STORYTELLER(’77)」、アーカンソー州の高校での実話を描き主演のジョアン・ウッドワードがエミー賞にノミネートされた「CRISIS AT CENTRAL HIGH(’81)」、クリストファー・プラマーがアンドロイドを発明する科学者を演じたSFドラマ「PROTOTYPE(’83)」、大都会に生きる個人の安全性をテーマにした「THE GUARDIAN(’84)」等、いずれもTV用のドラマであるが、微妙なテーマに真正面から取り組んだ内容の濃い作品ばかりである。 TV界に偉大な功績を残した名脚本家のパートナーシップは、リチャード・レヴィンソンが’87年の3月に心臓発作で死去したことによって終焉を迎えた。 生前にレヴィンソンは、これまでに様々な作品を手がけてきたが、死んだら自分たちの墓標にはきっとこう刻まれるだろうと語った・・・
「コロンボを創造した男たち」と。
= END =1.「殺人処方箋」 PRESCRIPTION: MURDER
2.「死者の身代金」 RANSOM FOR A DEAD MAN
3.「構想の死角」 MURDER BY THE BOOK
4.「指輪の爪あと」 DEATH LENDS A HAND
5.「ホリスター将軍のコレクション」 DEAD WEIGHT
6.「二枚のドガの絵」 SUITABLE FOR FRAMING
7.「もう一つの鍵」 LADY IN WAITING
8.「死の方程式」 SHORT FUSE
9.「パイルD−3の壁」 BLUEPRINT FOR MURDER
10.「黒のエチュード」 ETUDE IN BLACK
11.「悪の温室」 THE GREENHOUSE JUNGLE
12.「アリバイのダイヤル」 THE MOST CRUCIAL GAME
13.「ロンドンの傘」 DAGGER OF THE MIND
14.「偶像のレクイエム」 REQUIEM FOR A FALLING STAR
15.「溶ける糸」 A STITCH IN CRIME
16.「断たれた音」 THE MOST DANGEROUS MATCH
17.「二つの顔」 DOUBLE SHOCK
18.「毒のある花」 LOVELY BUT LETHAL
19.「別れのワイン」 ANY OLD PORT IN A STORM
20.「野望の果て」 CANDIDATE FOR CRIME
21.「意識の下の映像」 DOUBLE EXPOSURE
22.「第三の終章」 PUBLISH OR PERISH
23.「愛情の計算」 MIND OVER MAYHEM
24.「白鳥の歌」 SWAN SONG
25.「権力の墓穴」 A FRIEND IN DEED
26.「自縛の紐」 AN EXERCISE IN FATALITY
27.「逆転の構図」 NEGATIVE REACTION
28.「祝砲の挽歌」 BY DAWN’S EARLY LIGHT
29.「歌声の消えた海」 TROUBLED WATERS
30.「ビデオテープの証言」 PLAYBACK
31.「5時30分の目撃者」 A DEADLY STATE OF MIND
32.「忘れられたスター」 FORGOTTEN LADY
33.「ハッサン・サラーの反逆」 A CASE OF IMMUNITY
34.「仮面の男」 IDENTITY CRISIS
35.「闘牛士の栄光」 A MATTER OF HONOR
36.「魔術師の幻想」 NOW YOU SEE HIM
37.「さらば提督」 LAST SALUTE TO THE COMMODORE
38.「ルーサン警部の犯罪」 FADE IN TO MURDER
39.「黄金のバックル」 OLD FASHIONED MURDER
40.「殺しの序曲」 THE BYE-BYE SKY HIGH I.Q. MURDER CASE
41.「死者のメッセージ」 TRY AND CATCH ME
42.「美食の報酬」 MURDER UNDER GLASS
43.「秒読みの殺人」 MAKE ME A PERFECT MURDER
44.「攻撃命令」 HOW TO DIAL A MURDER
45.「策謀の結末」 THE CONSPIRATORS
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