出逢いのワイン・別れのワイン

 

映画やTVに登場するワインの話を書こうと考えたまではよいが、いざ書くとなると料理はともかくとしてワインが重要なファクターとなっている映画など殆どないことに気が付いた。やっと思い出したのが以下に紹介する4本であるが、「フレンチ・キス」を除けば、ワインはストーリーの中ではどちらかといえば気の利かない小道具として扱われており、むしろ登場人物に不幸をもたらすきっかけとなるようなアイロニカルな存在となっているのが面白い。


「フレンチ・キス」
(1995年/監督: ローレンス・カスダン/ 出演: メグ・ライアン、ケヴィン・クライン、ジャン・レノ他)

フランスを舞台にメグ・ライアンとケヴィン・クラインが繰り広げるこのラブ・ストーリーでは、ワインの苗木とネックレスが二人の出逢いのきっかけとなる。クラインはパリ行きの飛行機の中で偶然知り合ったライアンを騙して苗木とネックレスをフランスに密輸し、これらを使って自分の故郷であるプロヴァンスでワインの栽培を始めようと考えている。最初はいがみ合っていたクラインとライアンが急速に接近する重要なシーンでワインが絶好の小道具として登場する。それはプロヴァンスのクラインの故郷でライアンがワインの「きき酒」の才能に目覚める場面で、この映画の中でもなかなか味のある印象深いシーンのひとつである。

フランス南部のプロヴァンス地方というと、バンドール等の辛口で爽やかなロゼ・ワインが思い浮かぶが、よく晴れた日に屋外で冷やした白やロゼを飲みながら皆でワイワイと食事をするのがこの地方のスタイルらしい。

 

「タワー・オブ・ロンドン(未公開)
(1939年/監督: ローランド・V・リー/ 出演: バシル・ラスボーン、ボリス・カーロフ、ヴィンセント・プライス他) 

戦前の映画である上に日本で公開されていないので誰も知らないと思うが、ホラー映画とホームズ映画のファンである私は海外でこの映画のビデオを購入して所有している。これは15世紀のイギリスを舞台に国王リチャード三世の狂気を描いたコスチューム・プレイであり、実はホラー映画ではないのだが、リチャード王に扮したバシル・ラスボーンはシャーロック・ホームズ役者として欧米では非常に有名な人であり、ボリス・カーロフとヴィンセント・プライスは共にホラー映画のスーパースターである(3人とも故人)。この映画の中でラスボーン扮するリチャード王とカーロフ扮するモードが、プライス扮するクラレンス侯爵を巨大な赤ワインの樽の中に押し込めて殺害するシーンが出てくるのだが、演じている役者が役者だけに世にも恐ろしいまるでホラー映画のような場面となっている。

この「ワイン樽詰め殺し」シーンは、後にヴィンセント・プライスがリチャード王に扮したロジャー・コーマン監督によるリメイク(1962)や、同じくプライスがシェークスピア役者に扮した「Theatre of Blood」(1973)にも登場する。ワイン愛好者にとっては特におぞましいシーンである(ワインに漬かって死ねれば本望だという人もいるかもしれないが……)。

 

「(TV)刑事コロンボ: 別れのワイン」
(73年/監督: レオ・ペン/出演: ピーター・フォーク、ドナルド・プレザンス)

コロンボのエピソード中でもベストのひとつと評価されている傑作。プレザンス扮するワインコレクターが義理の弟を窒息死させるために自分のワインセラーの中に閉じ込めエアコンを切って放置する。その後、スキューバダイビング中の事故を偽装して完全犯罪を成立させようとするが、たまたま殺人の日が季節はずれの猛暑だったためにワインセラー内が高温となり貴重なワインコレクションがすべて酸化してしまったことが逮捕のきっかけとなる。コロンボはワインコレクターを高級レストランに招待して食事とワインを振る舞うが、ワインコレクターは食後にサーブされた大変貴重なポートワインが高温の場所で保管されたために酸化していることに気付いて激怒する。その微妙な味の劣化は彼にしかわからない。ところが、その貴重なポートワインが彼自身のワインコレクションの中からコロンボがこっそり持ち出したものであると気付き、彼は自分が犯した犯罪によって自らのコレクションに与えた致命的なダメージを知るのである。

ポートワインはポルトガル北部で生産される甘口のワインであるが、作柄の良い年にその年の葡萄だけで作る年号入りのヴィンテージ・ポートは高級品であり、大量の澱が生じるので飲む前に細心の注意をもってデキャンタージュする必要がある。

 

「(TV)予期せぬ出来事: 味」
(79年/原作: ロアルド・ダール/出演: ロン・ムーディ他) 

ロアルド・ダール(1916〜1990)は私の大好きなイギリスの小説家だが、「奇妙な味」と呼ばれる一風変わった短編ミステリの傑作をいくつか残しており、ヒッチコックが彼のTVシリーズ「ヒッチコック劇場」で何本かを映像化していたし、ダール自身がホストを務めていた「予期せぬ出来事」というイギリスのTVシリーズはすべて彼の短編小説をドラマ化したものだった。その「予期せぬ出来事」の中のエピソードである「味」は、ダールの短編中でも特に有名なワインの「きき酒」の話である(ハヤカワ文庫の「あなたに似た人」に収録されている)。

それはリチャード・プラットというワインの専門家の話(ドラマではロン・ムーディがいかにもいやらしく演じていた)で、ある日その男はワインコレクションを自慢したがる金持の友人の家に招待されて、友人の家族と食事をする。プラットはその友人の虚栄心に乗じて、ワインのブラインドテスト(ラベルを見ずに中身を当てる)のゲームに誘い込み、自分が友人の出した極めて希少なワインの銘柄と年号を「きき酒」によって当てることができれば彼の娘と結婚させてほしいと言い出す。友人の方も絶対に当てられないという自信があるので、当惑する娘を説得し、プラットが負けた場合は彼の2軒の家を娘にくれてやることを条件に賭けに応じる。

ここから先は果たしてプラットがそのワインの銘柄をずばり言い当てられるかという話になるのだが、その結末は小説を読んでいただくとして、ここでダールが「きき酒」の対象にとり上げているワインはシャトー・ブラネール・デュクリュの1934年ものである。これはフランス、ボルドー地方、サンジュリアン村の第4級格付け赤ワインであるが、このサンジュリアン村にはシャトー・レオヴィル・ラスカーズ、シャトー・デュクリュ・ボーカイユ、シャトー・ベイシェヴェル、シャトー・グリュオ・ラローズ、シャトー・タルボ、シャトー・ラグランジュといった有名な銘柄が集まっている。その中でもシャトー・ブラネール・デュクリュは生産量が少ないためにあまり一般には知られていないが、いかにも通好みの優れたワインであり、ダールらしい選択である。

 

以上4作品を紹介したが、冒頭にも書いた通り映画やTVの中のワインはあまり良い扱われ方をしていない。高級なワインというものが元来スノッブな愉しみの対象なので、小説や映画といったフィクションの中ではどちらかといえば皮肉をこめて描かれる宿命にあるのかもしれない。 いずれにせよ、ワイン好きとしては、ヴィンセント・プライスがワイン樽に押し込められて死ぬシーンよりはメグ・ライアンがきき酒をするシーンを見ながら美味しいワインを愉しみたいものである。

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