ドラブル   THE BLACK WINDMILL

作曲・指揮: ロイ・バッド 
Composed and Conducted by ROY BUDD

(英Cinephile / CIN CD 004)

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これは1974年にイギリスで製作されたサスペンス映画の音楽で、最近になってイギリスのCinephileというレーベルから初めてサントラ盤がリリースされたものである。この映画の監督は「ダーティハリー」「突破口!」「テレフォン」等のドン・シーゲルで、アクション映画の分野では私が最も信頼している監督である。主演のマイケル・ケイン「探偵・スルース」「国際諜報局」「鷲は舞い おりた」等のイギリスの名優で、私の大好きな俳優である。しかも、音楽を担当しているのが、これまた私の大好きなロイ・バッドで、これだけのスタッフ/キャストが集結して、しかも内容がヒッチコック・タッチのスパイ・スリラーとくれば面白くないはずがないのだが、どういう訳かそれほど面白くない。

クライヴ・エグルトンの小説「Seven Days To a Killing」を基にリー・ヴァンスが脚色。ケイン扮する英国諜報員ジョン・タラントの息子が、「ドラブル」と名乗る謎の男(組織)に誘拐され、身代金として諜報局が所有するダイヤモンドの原石を要求される。タラントは上司(ドナルド・ プレザンス)にダイヤの提供を要請するが拒否され、やむなく密かにダイヤを盗み出して誘拐犯人に渡すが、犯人達の陰謀で狂言誘拐の濡れ衣を着せられてしまう。孤立したタラントは妻(ジャネット・サズマン)の協力を得て、誘拐犯人とその背後にいる英国諜報局の黒幕との戦いに挑む。

ラストは息子が拉致されている風車小屋で、タラントが犯人(ジョン・ヴァーノン)と激しい銃撃戦を繰り広げるが、この部分はさすがにドン・シーゲルらしい鋭いアクション描写で迫力がある(風車小屋に諜報員というと、ヒッチコックの傑作「海外特派員」を思い出す)。また、タラントが身代金を犯人に手渡すシーンも緊張感のみなぎる演出でいかにも職人的な巧さを見せている。しかし、全体のトーンとして英国調の「ヒッチコック・タッチ」を狙ったのがかえって裏目に出ており、シーゲル演出のいつものシャープな切れ味が鈍ってしまっている。という訳で残念ながらこの映画はシーゲル・ファンの間では失敗作と見なされているが、それでもスパイ・スリラー映画としては水準以上の作品であることは間違いない。

マイケル・ケインがシーゲルと組んだのはこの作品だけだが、何かのインタビューで「尊敬する監督であるドン・シーゲルとロバート・アルドリッチとは是非一度仕事をしてみたいと考えていたが、実際に彼らと組んだ作品がいずれも(彼らにとっての)失敗作だったのは残念だ」というようなことを語っている。ケインがアルドリッチ監督と組んだのは「燃える戦場」という戦争映画(高倉 健が日本兵の役で出演していた)で、確かにこれも駄作の少ないアルドリッチとしては珍しく平凡な出来の作品だった。

音楽を担当したロイ・バッド1947年生まれのイギリス人だが、初めて映画音楽を手がけた際には、なんとジェリー・ゴールドスミスの(あまり有名でない)音楽を自分の書いた作品だと偽って映画会社の担当者に聞かせ、仕事を得たという。その後の彼の作品を聴けば何もそんな姑息なことをしなくてもよかったと思うし、「爆走!」「シンジケート」等の独特のシャープなタッチのアクション音楽や、「ワイルド・ギース」「シーウルフ」等の豪快なフル・オーケストラによる活劇音楽は、ゴールドスミスのベストの作品に匹敵する素晴らしいスコアである。この「ドラブル」の音楽もバッドの得意とするジャズをベースとしたサスペンスアクション・スコアの傑作で、全編が小気味良い緊張感に満ち溢れている。

バッドは惜しくも1993年に46歳で病死しており、その生涯に残した作品もそれほど多くはないが、過去にリリースされていたサントラ盤LPはどれも極めて入手困難なトップレア・アイテムとなっていて、中には数十万円の値段で取引されているアルバムもある。CDもこれまで殆ど発売されていなかったが、ごく最近になってイギリスのCinephileレーベルがバッドの初期の傑作である「狙撃者」のサントラCDBOX入り/ミニポスター付きの豪華仕様で発表してサントラ市場の注目を集め、その後、今回の「ドラブル」と、Mr.ダイヤモンド」「爆走!」「 太陽にかける橋」「シンドバッド虎の目大冒険」5作品を一気にリリースするという快挙に出た。と言ってもマイナーな映画ばかりなので一般の映画ファンにはどれほど意味があるかわからないが、いずれもバッドの素晴らしいスコアが堪能できる名盤ばかりであり、映画音楽ファンにとっては非常に貴重なリリースである。
(1999年2月)

Roy Budd

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