スパルタカス SPARTACUS 作曲・指揮:アレックス・ノース (米MCA / MCAD-10256) |
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スタンリー・キューブリックが1960年に監督した作品で、ローマ皇帝の専制に立ち向かった奴隷剣闘士たちの自由への戦いを描くスケールの大きいスペクタクル史劇。戦闘シーンの迫力だけでなく、カーク・ダグラス、ローレンス・オリヴィエ、トニー・カーティス、ジーン・シモンズ、チャールズ・ロートン、ピーター・ユスティノフ、ジョン・ギャヴィンといった演技派の名優を揃えたキャスティングも見所であり、当時としてはかなりAmbitiousな作品だった。1991年に公開されたRestored Versionでは過去にカットされていたシーンのいくつかが復元されたが、オリジナルの音声が使用できなかった為、当時のキャストが呼び出されて自分の声のアフレコを行った。ただ、その時点でオリヴィエは既に他界していたので、アンソニー・ホプキンスが彼の声を吹き替えた(声が似ているとは思えないが)。
この映画の音楽を担当したアレックス・ノースは、アメリカを代表する映画音楽作曲家の1人で、「欲望という名の電車」「革命児ザパタ」「セールスマンの死」「バージニア・ウルフなんか恐くない」「荒馬と女」等数多くの作品に独創的なスコアを書いている他、交響曲、バレエ音楽、舞台音楽といった様々なジャンルで優れた作品を残している名手である。人間的にも多くの同僚達から信頼され、尊敬されていた人格者であり、後輩のジェリー・ゴールドスミスやジョン・ウィリアムスとは、彼らの父親的存在として、家族ぐるみを付き合いをしていた。
ノースが「スパルタカス」に書いたスコアは、冒頭のブラスとパーカッションの複雑なフレーズからダイナミックな緊張感に満ち溢れ、全編を通して非常にInventiveかつスケールの大きい劇音楽となっている。
彼はこの映画のスコアについて以下のように語っている。
「私はこの映画で、キリスト教以前のローマの雰囲気を現代音楽のテクニックを使って表現しようとした。というとおかしく聞こえるかもしれないが、そうではない。『スパルタカス』のテーマである、自由と人間の尊厳のための闘争は、現代にも通ずるものだからだ」
ノースは戦闘シーンを効果的に表現する為に、様々な特殊な楽器を実験的に使用しているが、中でもOndiolineと呼ばれるフランスで発明された楽器は、木管楽器とマンドリン、パーカッションを組み合わせたような変わった音色を出し、この楽器が米国で演奏に使用されたのはこのスコアが最初だったらしい。
キューブリックの完璧主義に呼応して、ノースもこのスコアの作曲には多大な時間をかけた。多くの場合、映画音楽の作曲家は10週間程度の契約期間の内、3週間でスコアを仕上げ、残りの7週間で変更を加えたりオーケストレートしたりするものだが、ノースはこの映画になんと13ヶ月間もかかりきりになり、作曲のためにこの映画を18回も観直したという。
この時の経験が極めてエキサイティングだった為、キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」のスコアの依頼を受けた際に、ノースは喜んで引き受けることにした。
2001年宇宙の旅(新録音盤) 2001:A
SPACE ODYSSEY
作曲:アレックス・ノース
指揮:ジェリー・ゴールドスミス
演奏:ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団 (米Varese Sarabande / VSD-5400) |
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1967年12月、アレックス・ノースは、製作開始から既に2年が経過していた「2001年宇宙の旅」のオリジナル・スコアを作曲するために、スタンリー・キューブリックに雇われた。この映画のスコアについては諸説があり、キューブリックはもともとこの映画にオリジナル・スコアを付けようとは考えておらず、クラシック音楽の抜粋を使用することを希望していたが、映画会社(MGM)側はこれを拒絶し、明示的にアレックス・ノースをオリジナル・スコアの作曲家として提案したと言われている。
この映画を観たことがある人なら、冒頭のリヒャルト・シュトラウス作曲の交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」のイントロダクションや、宇宙船が優雅に飛行するシーンの「美しく青きドナウ」等のクラシック音楽が非常に効果的に使用されていたことを鮮明に記憶しているであろうが、オリジナルの映画音楽がどこかに使われていたとは気付かなかったと思う。 |
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何が起こったのかはノース自身が以下のように語っている。
「私がニューヨークのチェルシー・ホテルに住んでいた時、ロンドンのキューブリックから電話があり、『2001年宇宙の旅』の音楽を作曲してほしいと依頼された。
彼は、私が彼の最も尊敬する作曲家であり、是非とも一緒に仕事をしたい、と言ってきた。以前にキューブリックと組んだ『スパルタカス』が非常にエキサイティングな経験だった為、私は彼と再び仕事ができると知って狂喜した。「私はロンドンへ飛び、キューブリックと音楽について話したが、彼は極めて正直に、以前から使用している
Temporary Music(= 監督やプロデューサーが特定のシーンに付けたい音楽のイメージを明確にするために既製の音楽を仮に付けること。通常は作曲家に監督の欲している音楽のイメージを伝えるために使用される)のいくつかをそのまま使用したいと言った。だが、私には自分の作曲した音楽の一部に他の作曲家の書いた音楽が挿入されるというアイデアが受け容れられなかった。「スコアのレコーディングの際に、キューブリックは時々現れては、音楽的に非常に良い提案をいくつかしてくれた。
私はオープニング用に2種類の曲を書いたが、彼は明らかに一方を気に入り、それは私が気に入っている方と同じだった。そんな訳で、すべてはうまく行っていると感じていた。2週間で約40分以上の音楽を作曲・録音した後、音楽を映画にスポットする機会を待ちながら、一部の曲を書き直したりしていたが、2月になってキューブリックから電話があり、『これ以上のスコアを書いてもらう必要はない。映画の残りの部分は全て呼吸音のサウンドエフェクトを使用する』と言ってきた。非常に奇妙な感じがしたが、おそらくまだ追加の作曲の依頼が来るものと思っていた。が、何も起きなかった。 私はニューヨークで開かれたプレミア上映会(1968年4月)に出かけて行った。私の書いたスコアは全てカットされ、代わりに元のTemporary Tracksが使用されていた」それから約20年後、アメリカのサントラ盤レーベルVarese Sarabande社の社長であるロバート・タウンソンが、ノースにこの「2001年宇宙の旅」の幻のスコアを新録音で再現することを提案した。
ノースはこれを了承し、彼を尊敬するジェリー・ゴールドスミス(彼はノース個人からこのスコアの録音テープを聴かされた唯一の人物だった)がオーケストラの指揮を引き受け、1993年にロンドンのナショナル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏により、それまで長らく未発表だったスコアは遂に蘇った。それがここで紹介しているCDである。ノース自身は1991年の9月に惜しくも他界したので、残念ながらこの再録音に立ち会うことはできなかった。このノースの音楽は、キューブリックが元々付けていたTemporary Musicを少なからず意識しているが、冒頭の高貴なファンファーレや、エレガントなワルツ等、いかにもノースらしい独創的で深みのあるスコアとなっている。キューブリックは「スパルタカス」に極めて効果的なスコアを書いてくれたノースに対して、「2001年宇宙の旅」では、なぜこんな騙まし討ちのような卑劣なことをしたのだろうか?
今となってはキューブリックもこの世にはなく、その真相は不明である。彼は寡作ながらも、20世紀を代表する偉大な映画作家の1人であることは間違いない。「時計じかけのオレンジ」では、ウォルター・カーロス(後に性転換してウエンディ・カーロスになった)のシンセサイザー演奏によるベートーベンの第9交響曲を使用したりと、映画音楽についても色々と実験的なことを試した監督である。ただ、この「2001年」のノースに対する仕打ちだけは、映画音楽ファンとしてどうしても釈然としない。<2000年3月追加情報>
(私訳)メイキング・オブ・キューブリック:「2001年宇宙の旅」
山川コタチ氏による「The Making of Kubrick's 2001」Edited by Gerome Agel(NEW
AMERICAN LIBRARY, 1970) の全訳。11章「幻のナレーション、幻の映画音楽、特殊撮影効果」の部分にノースによるコメントが含まれている。
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