20
世紀の映画音楽史において、ジョン・ウィリアムスが1977年の「スター・ウォーズ(エピソード4 :新たなる希望)」で成し遂げた功績はとてつもなく大きい。 このスコアは単にアカデミー賞を受賞しただけでなく、その後の映画音楽のスタイルに大きな影響を与えた。「エピソード
4 :新たなる希望」製作の際、監督のジョージ・ルーカスにジョン・ウィリアムスを紹介したのは、ルーカスの盟友スティーヴン・スピルバーグだった。 スピルバーグは、’74年の「続・激突!カージャック」以来、殆どの監督作品でウィリアムスとコンビを組んでいるが、ディミトリ・ティオムキン作曲の「ナバロンの要塞」のようなスケールの大きいシンフォニック・スコアのファンだった彼は、ウィリアムスが過去に作曲したマーク・ライデル監督の「華麗なる週末」(’69年)や「11人のカウボーイ」(’72年)のスコアを聞いて、「この人はきっと80歳を超えているに違いない」と思ったという。 当時若手の作曲家でオーケストラによるこのようなしっかりとしたドラマティック・スコアを書ける人はほとんどいなかったからである。「エピソード
4 :新たなる希望」が公開された当時、映画音楽には盛んにポップ・ミュージックやロックが使われていた(マイク・ニコルズ監督が’67年に監督した「卒業」で、サイモン&ガーファンクルの主題歌が大ヒットしたことがブームに火を付けたと言われている)。 「エピソード4」製作時にも、ディスコ・ミュージックのヒットメーカーとして有名なミーコが、ウィリアムスのスコアをディスコにアレンジしたカヴァー・ヴァージョンをルーカスに聞かせて、これを映画に使用するように売り込んだという(もちろんルーカスは断ったが、ミーコのこのカヴァーアルバムはサントラ盤と同様大ヒットした)。 また、それまでにも宇宙を舞台にしたSF映画は多数製作されていたが、この手の映画には電子音楽や無機的な前衛音楽を付けることが一般的だった。こういった状況の中で、ウィリアムスが書いたスコアはイギリスの名門オーケストラであるロンドン交響楽団を高らかに鳴らした壮大かつ情感豊かな一大シンフォニック・スコアであり、かつてのハリウッド黄金期のコルンゴルトやスタイナーによる映画音楽の再来を想起させるものだった。
このスコア以降、大編成オーケストラによる正統派ドラマティック・スコアによるアプローチがハリウッドではリバイバルし、ウィリアムスのスタイルを踏襲する優れた若手作曲家が次々と登場した。また、この映画以降リアリスティックな
SFXを駆使したスペース物が多数製作されたが、これらの作品に付けられた音楽は明らかにウィリアムスのスコアの影響を受けていた。 ステュー・フィリップス作曲の「宇宙空母ギャラクティカ」(’79)や、ジェームズ・ホーナー作曲の「宇宙の7人」(’80)、クレイグ・セイファン作曲の「スター・ファイター」(’84)等、明らかな模倣に近いものもあったが、ベテランのジェリー・ゴールドスミスによる「スター・トレック」(’79)のスコアにも少なからず影響が表れているし、ウィリアムスの先輩で、「ティファニーで朝食を」等の軽妙なタッチのスコアで有名なヘンリー・マンシーニですら、トビー・フーパー監督の「スペース・バンパイア」(’85)でロンドン交響楽団の演奏による重厚なシンフォニック・スコアを聞かせたりした。ところで、ウィリアムスの「エピソード
4」のスコアには、上記のミーコによるディスコ・ヴァージョンをはじめ、いくつものカヴァーアルバムが存在するが、中でもクラシック界の重鎮ズービン・メータがロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したアルバム(ウィリアムス自身のアレンジによる組曲で、「未知との遭遇」とのカップリングになっている)は、サントラ盤に匹敵する見事な演奏だった。(キング−ロンドン/KICC-222)ウィリアムスが「エピソード
4」、及びそれ以降の「エピソード5: 帝国の逆襲」「エピソード6: ジェダイの復讐」で取ったアプローチは、ワーグナーのオペラ等に見られる「ライトモチーフ」の手法だが、これは劇中のキャラクターの各々に個別のテーマを作曲し、そのキャラクターが登場するシーンではそのテーマが流れるという、非常に明確かつ効果的な手法である。具体的には、メイン・テーマとなる「スター・ウォーズのテーマ」をはじめ、「ルーク・スカイウォーカーのテーマ」「レイア姫のテーマ」「ジェダイの騎士のテーマ」「帝国(ダース・ベイダー)のマーチ」「反乱軍のテーマ」「ヨーダのテーマ」「ハン・ソロとレイアのテーマ」「ルークとレイアのテーマ」「イウォークのテーマ」「皇帝のテーマ」といった具合に、主要なキャラクターには全てテーマが付けられており、音楽だけ聴いてもそのシーンでどのキャラクターが登場しているかわかるようになっている。
個人的には「エピソード
4」のラストで流れる「王座の間とエンド・タイトル」の前半の優雅なマーチが最も好きなテーマで、この曲にはウィリアムスのサー・ウィリアム・ウォルトン(ローレンス・オリヴィエのシェークスピア映画等にスコアを書いたイギリスの名作曲家)に対するオマージュが込められていると思う。今回の
「エピソード1 ファントム・メナス」のスコアは、メインテーマこそ前3作品と同じだが、少年時代のアナキン・スカイウォーカー(後のダース・ベイダー)のテーマや、クワイ・ガン・ジン(リーアム・ニーソン)のテーマ、クィーン・アミダラ(ナタリー・ポートマン)のテーマ、悪役ダース・モール(レイ・パーク)のテーマ等、今回初めて登場する新しいキャラクター各々に新たなテーマが作曲されている。 前3作ほどのカラフルな奇抜さはなく、全体的に暗めの印象を受けるが、いまや大ベテランとなったウィリアムスらしい安定したスコアであり、アクション・シーンでのパワーとテンションはさすがである。私自身、
’77年公開の「エピソード4」を観た時のインパクトは強烈で、これがその後自分で映画を製作したり、米国に映画製作を学ぶために留学したりするきっかけにもなったので、この作品には個人的に特別な想い入れがある。 あれから20年以上の歳月を経て、同じロンドン交響楽団の演奏による「スター・ウォーズのテーマ」を聴いてみると、懐かしさと同時に、実に感慨深いものがある。 ウィリアムスのライナーノートによると、この「エピソード1」のスコアを録音した際に、オーケストラの若いメンバーから「子供のころに『スター・ウォーズ(エピソード4)』を見てその音楽に感動し、ロンドン交響楽団で演奏することを目指して音楽の勉強をはじめた」と打ち明けられたという。 私はこのオーケストラのメンバーに強い共感を覚える。Copyright (C) 1999 ー 2001 Hitoshi Sakagami. All Rights Reserved.