モーリス・ジャール映画音楽集 LE CINEMA DE MAURICE JARRE

作曲・指揮:モーリス・ジャール
Composed and Conducted by MAURICE JARRE

(仏Universal / 275 336 4)

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フランスを代表する国際的な映画音楽作曲家モーリス・ジャール(1924〜2009)の作品を集めたCD4枚組のボックス・セットで、仏Universalレーベルによる「Ecoutez le cinema!」シリーズの10周年を記念してリリースされたもの。ジャールの50年におよぶキャリアを網羅した約5時間の音楽を収録。44ページのブックレット付きで、モーリス・ジャールへのロング・インタビューの他、ピエール・ブーレーズ(フランスの作曲家・指揮者)、フォルカー・シュレンドルフ監督、アレクサンドル・デスプラジャンヌ・モローカーク・ダグラスによるジャールへの賛辞が掲載されている。ジャール自身がこのCDの選曲を含めた製作に積極的に参加したが、最終的なリリースを見ることなく2009年3月29日に惜しくも他界している。

「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」「グラン・プリ」「パリは燃えているか」「ライアンの娘」「王になろうとした男」「ナザレのイエス」「王子と乞食」「ブリキの太鼓」「砂漠のライオン」「刑事ジョン・ブック/目撃者」「愛は霧のかなたに」「いまを生きる」といった代表作(いずれも個別のサントラ盤あり))のみならず、サントラ盤が これまで(正規には)リリースされていない「トパーズ」「マッキントッシュの男」「エル・コンドル」等や、日本映画「落陽」の主題歌としてエラ・フィッツジェラルドがキャリアの最終期に録音した歌、「ジェニファー8」「激流」にジャールが作曲したがリジェクトされた音楽、エリア・カザン監督の「ラスト・タイクーン」用にジャールとジャンヌ・モローが録音したピアノとヴォーカルのデモ、ジャールとアルフレッド・ヒッチコック監督、デヴィッド・リーン監督、ジョン・ヒューストン監督とのスポッティング・セッションの会話(ジャール自身がカセットテープに録音したもの)といった貴重な音源も収録。

代表的な作品以外では、「トパーズ」の勇壮なロシアン・マーチ、「フィクサー」のメランコリックでストイックな主題、「エル・コンドル」のパーカッシヴでダイナミックなオープニング、「別離」のアップテンポで爽やかなメインタイトル、「マッキントッシュの男」のミステリアスでメランコリックな主題、「地球の頂上の島」の“センス・オブ・ワンダー”に溢れたダイナミックでヒロイックな主題、「(未公開/TV)Great Expectations」のドラマティックなワルツ調の主題、「(未公開)Two Solitudes」のメランコリックかつドラマティックなメインタイトル、「明日なき追撃」のパーカッシヴでミリタリスティックな序曲、「プランサー」のジェントルで感動的なエンドクレジット、「落陽」のドラマティックでダイナミックなオープニング、「激流(リジェクテッド・スコア)」の大らかな主題等が聴きどころだろう。

ブックレットに掲載されているジャールへのロング・インタビュー(2006年2月6日にパリで収録)では、以下のようないくつかの興味深いエピソードが語られている。

1962年、ジャールが38歳の時にプロデューサーのサム・スピーゲルから「アラビアのロレンス」の音楽を依頼された時の話。スピーゲルは、この映画に3人の作曲家を起用しようと考えており、イギリスのパートはベンジャミン・ブリテンに、アラブのパートはアラム・ハチャトゥリアンに作曲させるつもりで、ジャールにはスコア全体のオーケストレーションとオープニングタイトルの作曲を依頼したと。ところがハチャトゥリアンは(旧)ソ連から出国することができず、ブリテンは作曲に18ヶ月かかると言ってきたので、ジャールは「これでスコア全部を自分1人で作曲できる!」と喜んだのもつかの間、スピーゲルは(ミュージカルで有名な)リチャード・ロジャーズを雇い、スコア全体の90%をロジャース、残り10%の作曲とオーケストレーション、指揮をジャールに依頼すると言ってきた。スピーゲルはロジャースが作曲したスコアのピアノによるワーク・セッションを開き、ジャールはそこで初めてデヴィッド・リーン監督に会った。ピアニストはロジャース作曲のラヴ・テーマとアラブのテーマを演奏したが、部屋には冷たい空気が漂った。ピアニストがイギリスのテーマを演奏しはじめると、リーンが突然椅子から立ち上がり、「こんなクズを聞かせるためにはるばる私を呼びつけたのか? この音楽のどこにロレンスのスピリットがあるんだ?」とスピーゲルを非難した。スピーゲルはジャールの方を向き、「モーリス、君が書いた曲を演奏してくれ」と。ジャールは、自分が作曲したロレンスの主題をピアノで演奏したが、曲が終わるより前に、リーンがジャールの肩に手を置き、「これこそ私が求めていた音楽だ。この若者がスコア全部を作曲するのだ!」と宣言したという。ジャールは「今でも肩に置かれたデヴィッドの手を感じることができる」と。

アルフレッド・ヒッチコック監督の「トパーズ」のスコアを担当した時の話。ヒッチコックは(「引き裂かれたカーテン」のスコアのリジェクトをきっかけに)バーナード・ハーマンと訣別した直後で、ジャールは自分がハーマンに取って代わることができるのか心配だった。ヒッチコックはジャールに対してとても優しかったが、音楽については一切話し合おうとしなかった。
ヒッチ「ミスター・ジャール、私は君を選び、君を信頼している。君がベストを思うことをやりたまえ」
ジャール「はい、でも音楽について互いの意見が一致していた方がよいと思います。ひょっとして私のアイデアがうまくいかないことも……」
ヒッチ「どっちでもいいことだよ。使えなければ音楽をカットするだけだ」
ヒッチコックにとってフランス人の作曲家を起用した最大の利点は、美食とワインについて語り合えることだったらしい。結果としてヒッチはジャールの音楽を気に入り、スコアはどこもカットされなかったが、この方法を危険と感じたジャールは、後で誤解が生じないように監督とのスポッティング・セッションを録音するようになったという。

晩年になって「ジェニファー8」「激流」「白い嵐」等に作曲したスコアをリジェクトされるという経験をしたジャールは、「時代が変わった」と感じた。ハリウッドのプロデューサーたちは、出来の悪い映画でも音楽をすり替えれば大傑作になると勘違いしていると。彼らは監督と作曲家の仲介に「ミュージック・スーパーヴァイザー」を付けたがるが、そんな時にジャールは「申し訳ないが私は“スーパーヴァイズ”されるには年を取りすぎている」と言って断ることにしていた。こういった面倒な状況の中で、ジャールはより仕事を選ぶようになり、フランスの映画監督ベルトラン・ブリエ、ジェラール・ウーリー、パトリス・シェローや、フォレスト・ウィテカー、オリヴァー・ストーン、クェンティン・タランティーノからのオファーも断ったらしい……。

インタビューの中での以下のジャールの言葉は、映画音楽を知り尽くしたベテラン作曲家らしく、特に印象深い。

「優れた映画音楽は、監督が映像の下に隠した感情や意味を発展させるべきであり、映像として見えていないものを表現して新たな次元を付加するべきだ。単にアクションをアンダーラインするだけでは意味がない」

 

<収録曲>

CD 1

アラビアのロレンス Lawrence of Arabia (1962) 監督:デヴィッド・リーン
1. Main and End Title

顔のない眼 Les Yeux Sans Visage (1959) 監督:ジョルジュ・フランジュ
2. Theme romantique

(未公開)Le President (1962) 監督:アンリ・ヴェルヌイユ
3. Suite

(未公開)Therese Desqueyroux (1962) 監督:ジョルジュ・フランジュ
4. Generique

爪を磨く野獣 La Bete a l'Affut (1958) 監督:ピエール・シュナル
5. La bete a l'affut

コレクター The Collector (1965) 監督:ウィリアム・ワイラー
6. The Collector
7. The Catch

(未公開)Un Roi Sans Divertissement (1963) 監督:フランソワ・ルテリエ
8. Suite

ダンケルク Week-End a Zuydcoote (1964) 監督:アンリ・ヴェルヌイユ
9. Ouverture et final

ドクトル・ジバゴ Doctor Zhivago (1965) 監督:デヴィド・リーン
10. Overture
11. Lara's Song

グラン・プリ Grand Prix (1966) 監督:ジョン・フランケンハイマー
12. Overture

将軍たちの夜 The Night of the Generals (1967) 監督:アナトール・リトヴァク
13. On a Terrace at Versailles
14. Love Theme

5枚のカード Five Card Stud (1968) 監督:ヘンリー・ハサウェイ
15. Five Card Stud, par Dean Martin
16. The Investigation

戦うパンチョ・ビラ Villa Rides! (1968) 監督:バズ・キューリック
17. Villa Rides (Opening Credits)
18. The Battle

裸足のイサドラ Isadora (1968) 監督:カレル・ライス
19. Main Title
20. The Children Death
21. Finale

トパーズ Topaz (1969) 監督:アルフレッド・ヒッチコック
22. Russian March (Opening Credits)
23. Topaz


CD 2

パリは燃えているか Is Paris Burning? (1966) 監督:ルネ・クレマン
1. The Paris Waltz
2. Overture

フィクサー The Fixer (1968) 監督:ジョン・フランケンハイマー
3. The Fixer

エル・コンドル El Condor (1970) 監督:ジョン・ギラーミン
4. El Condor (Opening Credits)
5. The Escape

地獄に堕ちた勇者ども La Caduta degli Dei (1970) 監督:ルキノ・ヴィスコンティ
6. Titoli
7. Ninna nanna per Lisa

ライアンの娘 Ryan's Daughter (1970) 監督:デヴィッド・リーン
8. Overture

ランボー/地獄の季節 Una Stagione all'Inferno (1970) 監督:ネロ・リッシ
9. Una stagione all'inferno

レッド・サン Red Sun (1971) 監督:テレンス・ヤング
10. Red Sun

(未公開)Pope Joan (1971) 監督:マイケル・アンダーソン
11. Pope Joan (The Devil's Impostor)

(未公開)まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響 The Effect of Gamma Rays on Man-in-the Moon Marigolds (1972) 監督:ポール・ニューマン
12. End Credits

ロイ・ビーン The Life and Times of Judge Roy Bean (1972) 監督:ジョン・ヒューストン
13. Judge Roy Bean Theme

別離 Ash Wednesday (1973) 監督:ラリー・ピアース
14. Main Title
15. Springtime

マッキントッシュの男 The MacKintosh Man (1973) 監督:ジョン・ヒューストン
16. Suite

(未公開)Grandezza Naturale (1974) 監督:ルイス・ガルシア・ベルランガ
17. End Credits

地球の頂上の島 The Island at the Top of the World (1974) 監督:ロバート・スティーヴンソン
18. Opening Credits

(未公開/TV)Great Expectations (1974) 監督:ジョセフ・ハーディ
19. Suite


CD 3

ナザレのイエス Jesus of Nazareth (1977) 監督:フランコ・ゼッフィレッリ
1. Jesus of Nazareth (Main Title)

マンディンゴ Mandingo (1975) 監督:リチャード・フライシャー
2. Mandingo / Born in This Time (Vocal: Muddy Water)
3. Slavery

王になろうとした男 The Man Who Would Be King (1975) 監督:ジョン・ヒューストン
4. The Man Who Would Be King
5. End Credits

ロジャー・ムーア/冒険野郎 Shout at the Devil (1976) 監督:ピーター・ハント
6. Shout at the Devil
7. Rosa

ザ・メッセージ The Message (1976) 監督:ムスターファ・アッカド
8. The Faith of Islam

王子と乞食 Crossed Swords (1977) 監督:リチャード・フライシャー
9. The Prince and the Pauper (End Credits)

(未公開)Two Solitudes (1978) 監督:ライオネル・チェトウィンド
10. Main Title

明日なき追撃 Posse (1975) 監督:カーク・ダグラス
11. Overture

(未公開)Ishi : The Last of His Tribe (1978) 監督:ロバート・エリス・ミラー
12. A Portrait of Ishi

(未公開)The American Success Company (1979) 監督:ウィリアム・リチャート
13. Suite

ブリキの太鼓 Die Blechtrommel (1979) 監督:フォルカー・シュレンドルフ
14. Gentil trio

(未公開)レザレクション/復活 Resurrection (1980) 監督:ダニエル・ペトリ
15. Opening Credits

砂漠のライオン Lion of the Desert (1981) 監督:ムスターファ・アッカド
16. Omar Enters Camp

愛する者の名において Au Nom de Tous les Miens (1983) 監督:ロベール・アンリコ
17. For Those I Loved (Opening Credits, Cinema version)
18. Survival (Opening Credits, Television version)

インドへの道 A Passage to India (1984) 監督:デヴィッド・リーン
19. Adela

刑事ジョン・ブック/目撃者 Witness (1985) 監督:ピーター・ウエアー
20. Building the Barn

マッドマックス/サンダードーム Mad Max Beyond Thunderdome (1985) 監督:ジョージ・ミラー/ジョージ・オギルヴィー
21. Beyond Thunderdome Suite


CD 4

危険な情事 Fatal Attraction (1987) 監督:エイドリアン・ライン
1. Main Title

パラドールにかかる月 Moon Over Parador (1988) 監督:ポール・マザースキー
2. Parador

ゴースト/ニューヨークの幻 Ghost (1990) 監督:ジェリー・ザッカー
3. End Titles (Re-recorded version)

愛は霧のかなたに Gorillas in the Mist (1988) 監督:マイケル・アプテッド
4. Gorillas in the Mist

いまを生きる Dead Poets Society (1989) 監督:ピーター・ウエアー
5. Keating's Triumph

プランサー Prancer (1989) 監督:ジョン・ハンコック
6. End Credits

ジェイコブス・ラダー Jacob's Ladder (1990) 監督:エイドリアン・ライン
7. Jacob's Ladder

落陽 Rakuyo (1992) 監督:伴野 朗
8. The Setting Sun, par Ella Fitzgerald
9. Rakuyo (Opening Credits)


<ボーナス曲>

ジェニファー8(未使用曲) Unused score for Jennifer 8 (1992) 監督:ブルース・ロビンソン
10. Main Title

激流(未使用曲) Unused score for The River Wild (1994) 監督:カーティス・ハンソン
11. The Vacation Begins

イースタン・エアライン(CM音楽) Eastern Airlines
12. Musique publicitaire (Music for Commercial)

ラスト・タイクーン You Have the Choice, par Jeanne Moreau
13. Maquette (Demo for The Last Tycoon)

ワーク・セッション Work sessions between Maurice Jarre and...
14. Alfred Hitchicock (on Topaz) アルフレッド・ヒッチコック監督と(「トパーズ」)
15. David Lean (on Ryan's Daughter) デヴィッド・リーン監督と(「ライアンの娘」)
16. John Huston (on The Man Who Would Be King) ジョン・ヒューストン監督と(「王になろうとした男」)

17. After Tomorrow (Previously unreleased piece by Maurice Jarre)

(2010年12月)

Maurice Jarre

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