知りすぎていた男 THE MAN WHO KNEW TOO MUCH
危険な場所で ON DANGEROUS GROUND

作曲:バーナード・ハーマン
Composed by BERNARD HERRMANN

指揮:ウィリアム・T・ストロンバーグ
Conducted by WILLIAM T. STROMBERG

演奏:ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管弦楽団
Performed by the Royal Scottish National Orchestra

(米Intrada / Intrada INT 7176)

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1950年代にバーナード・ハーマン(1911〜1975)が作曲した2作品のスコアを2023年1月に新録音したアルバムで、Kickstarterによるクラウドファンディングにより実現したプロジェクト。

「知りすぎていた男(THE MAN WHO KNEW TOO MUCH)」は、1956年製作のアメリカ映画。製作・監督はサスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック(1899〜1980)で、これは彼がイギリス時代に監督した「暗殺者の家」(1934)を自らリメイクした作品。出演はジェームズ・ステュワート、ドリス・デイ、ブレンダ・デ・バンジー、バーナード・マイルズ、ラルフ・トルーマン、ダニエル・ジェラン、モージェンズ・ウィース、アラン・モウブレイ、ヒラリー・ブルック、クリストファー・オルセン、レジー・ナルダー、リチャード・ワティス、ノエル・ウィルマン、キャロリン・ジョーンズ、ウォルター・ゴテル他。チャールズ・ベネット、D・B・ウィンダム=ルイスの原案を基にジョン・マイケル・ヘイズとアンガス・マクファイルが脚本を執筆。撮影はロバート・バークス。

アメリカ人の医者ベン・マッケンナ(ステュワート)は、ミュージカル女優だった妻の“ジョー”ことジョセフィン(デイ)、7歳になる息子ハンク(オルセン)を連れて、パリでの医学会議に出席した後でモロッコに立ち寄った。彼らは、カサブランカからマラケシュへ行くバスの中で、ルイ・ベルナール(ジェラン)というフランス人の貿易商と知り合う。マラケシュでマッケンナ夫妻はベルナールをカクテルパーティに誘い、その後で一緒にアラビア料理店に行くことにするが、ベルナールは突然行けなくなってしまう。ベンたちが食事をしていると、イギリス人のドレイトン夫妻(デ・バンジー、マイルズ)が、ジョーの姿を認めて話しかけてきた。翌日、ベンとドレイトン夫妻がマラケシュの市場を見物していると、目の前で1人のアラビア人が何者かに刺される。助けよったベンに、そのアラビア人はロンドンでの要人暗殺計画と「アンブローズ・チャペル」という謎の言葉を告げて息絶えるが、それはベルナールの変装した姿だった。マッケンナ夫妻は証人として警察に連れて行かれ、ドレイトン夫人がハンクをホテルに連れて帰るが、警察で事情聴取されていたベンに不審な電話があり、ベルナールから聞いたことを他言したらハンクの命はないと告げられる……。製作費は約250万ドル。ドリス・デイが劇中で歌った主題歌『ケ・セラ・セラ(Whatever Will Be, Will Be/Que Sera, Sera)』(作曲:ジェイ・リヴィングストン、作詞:レイ・エヴァンス)が1956年度アカデミー賞の歌曲賞を受賞しており、この曲は歌手としてのデイの最大のヒット曲になった。1965年に本作の製作者であるヒッチコック監督とジェームズ・ステュワートは、契約期間の終了と契約違反によりパラマウントを訴え、本作の権利を買い戻したため、その後何十年間も本作は劇場等で視聴することができない状態が続いた(日本でも1984年2月になってようやくリバイバル上映された)。

バーナード・ハーマン作曲のスコアは、1996年にオーストラリアでSonyレーベルがリリースしたエサ=ペッカ・サロネン指揮ロス・アンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の演奏によるバーナード・ハーマン音楽集「Bernard Herrmann: The Film Scores」(Sony Classical SK 62700)に「Prelude」のみが収録されていたが、正規のサントラ盤は出ておらず、これがコンプリート・スコアの初録音となった。

「VistaVision Logo & Prelude (From The Man Who Knew Too Much)」は、ヴィスタヴィジョン(1950年代にパラマウントが開発した横長の画面サイズ)のロゴ・ミュージック(ネイザン・ヴァン・クリーヴ作曲)に続いて、重厚でパーカッシヴかつダイナミックな前奏曲へと展開。「Nocturne」は、フルート・ソロをフィーチャーしたエキゾチックでややメランコリックなタッチの曲。「Arab Trio #1」「Arab Trio #2」「Arab Trio #3」は、マラケシュのシーンでのアラビア風の曲。「The Chase & The Knife」は、パーカッシヴなサスペンスアクション音楽。「L. B. Death」「Ambrose Chapel & The Chapel」「Arrival & Embassy」は、重厚で抑制されたサスペンス音楽。「The Warning」「Exit」「The Stairs」「The Gun」は、不吉なタッチのサスペンス音楽。「Loneliness」「Postlude」は、静かにドラマティックな曲。「The Alley」は、メインの主題のバリエーションによる抑制されたサスペンス音楽。「A Close Call」は、躍動的なサスペンス音楽。「The Fight」は、メインの主題を織り込んだダイナミックなサスペンスアクション音楽。「Embassy Hall」は、ダークで重厚なサスペンス音楽。「Finale – Film Version (From The Man Who Knew Too Much)」は、重厚でパーカッシヴな映画版のフィナーレ。「Finale – Original Version (From The Man Who Knew Too Much)」は、ファンファーレ風のヒロイックなタッチによるオリジナルのフィナーレ。

ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのコンサート中に暗殺計画が実行されそうになる有名なクライマックス・シーン用に、バーナード・ハーマンはコンサートで演奏されるカンタータを新たに作曲する機会が与えられたが、彼は「暗殺者の家」(1934)で演奏されたオーストラリア人の作曲家アーサー・ベンジャミン(1893〜1960)作曲のカンタータ「ストーム・クラウズ(Storm Clouds)」が最もふさわしいと考え、劇中ではこの曲がハーマン指揮のロンドン交響楽団とコヴェント・ガーデン合唱団により演奏されている(このCDには未収録)。124ショットから成るこのシーンは、音楽のみで全くセリフのない12分間が続くが、当初の脚本では暗殺計画を阻止しようとするジェームズ・ステュワートの長いセリフが用意されていた。リハーサルでその長セリフを熱演したステュワートに、ヒッチコックは「君のセリフがうるさくてロンドン交響楽団が聞こえないじゃないか」と言って全部カットさせた、というエピソードがある。

「危険な場所で( ON DANGEROUS GROUND)」は、1951年製作のアメリカ映画(日本初公開は1989年1月)。監督は「大砂塵」(1954)「理由なき反抗」(1955)「キング・オブ・キングス」(1961)「北京の55日」(1963)等のニコラス・レイ(1911〜1979)。出演はアイダ・ルピノ、ロバート・ライアン、ウォード・ボンド、チャールズ・ケンパー、アンソニー・ロス、エド・ベグリー、イアン・ウォルフ、サムナー・ウィリアムス、ガス・シリング、フランク・ファーガソン、クレオ・ムーア、オリーヴ・ケアリー、リチャード・アーヴィング、パトリシア・プレスト他。ジェラルド・バトラーの原作『Mad with Much Heart』を基にA・I・ベゼリデスとニコラス・レイが脚本を執筆。製作はジョン・ハウズマン、撮影はジョージ・E・ディスカント。

ニューヨーク市警殺人課の刑事ジム・ウィルソン(ライアン)は、強引で暴力的な捜査方法により署内でも孤立した存在だったが、上司のブローリー署長(ベグリー)から郊外の山中の町ウェスタムで起きた少女殺害事件への協力を言い渡され、体のいい厄介払いに失望しつつ現場へと向かった。ジムは殺された少女の父親ウォルター・ブレント(ボンド)とともに、容疑者の少年の姉が住んでいる一軒家へ向かう。メアリー・マルデン(ルピノ)というその盲目の女性のかもし出す孤独な淋しい影に、ジムは心惹かれるが……。ニコラス・レイ監督が病欠したいくつかのシーンは主演のアイダ・ルピノ(1918〜1995)が監督している。

バーナード・ハーマン作曲のスコアは、2003年に米Film Score Monthlyレーベルが全21曲/約48分収録のサントラCD(FSMCD Vol. 6 No. 18)を出しているが、これはカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校に保管されていたアセテート・ディスクをマスターにしたもので、一部の曲にはサーフェイスノイズが顕著だった。

「Prelude (From On Dangerous Ground)」は、重厚でダイナミックかつビジーなプレリュードで、冒頭からハーマンの個性が強く出た曲。「Solitude」「Nocturne」「The Whispering」「The Winter Walk」「The Return」は、静かにドラマティックなタッチの曲。「Violence」は、抑制されたタッチからダイナミックなアクション音楽へ展開。「Pastorale」は、郊外へ追いやられたウィルソンが雪景色の中、車を走らせるシーンのドラマティックでサスペンスフルな曲で、後にハーマンがヒッチコック監督の傑作「北北西に進路を取れ」(1959)でも流用している主題。「Hunt Scherzo」「Snowstorm & The Silence」は、ダイナミックで躍動的なサスペンス音楽。「The House」「Dawn, The Idiot, Fear & The Cabin」「The City」は、抑制されたサスペンス音楽。ウィルソンたちが一軒家でメアリーに出会うシーンの「Blindness」は、ヒュー・ダニエルの演奏によるヴィオラ・ダモーレ(viola d'amore/バロック時代の擦弦楽器)のソロをフィーチャーしたジェントルでロマンティックな曲。「Fright」「Faith」「The Searching Heart」「The Parting」も、ヴィオラ・ダモーレを織り込んだ繊細でドラマティックな曲。「The Death Hunt & The Hunt's End」は、9本のフレンチホルンが唸る猛烈にビジーでダイナミックな追跡シーンでのアクション音楽で、まさに“ヴィンテージ・ハーマン”。この曲は、チャールズ・ゲルハルト指揮ナショナル・フィルによる新録音が秀逸だったが、それに匹敵する緊張感のある演奏。「Finale (From On Dangerous Ground)」は、ジェントルでロマンティックな主題から大らかに締めくくるフィナーレ。

いずれのスコアも、指揮者の妻アンナ・ストロンバーグがリコンストラクションを手がけている。
(2023年7月)

Bernard Herrmann

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