作曲・指揮:マイケル・J・ルイス
Composed and Conducted by MICHAEL J. LEWIS
(Promotional)
シャーロック・ホームズの活躍を描くサー・アーサー・コナン・ドイル作の有名な長編小説の映画化。この小説はこれまでに何度も映像化されているが、これはイギリスの舞台俳優イアン・リチャードソンがホームズを演じた1983年製作のイギリスのTV映画で、監督ダグラス・ヒコックス、共演がドナルド・チャーチル、デンハム・エリオット、ロナルド・レイシー、ニコラス・クレイ他。リチャードソンは完璧なイギリス紳士といった風貌の名優で、この高貴な雰囲気にエキセントリックでエネルギッシュなタッチを加味した見事なホームズを演じていた(彼は後述するラスボーンに顔がよく似ている)。映画自体も原作のムードを忠実に再現しており非常によく出来ていたが、もともとTV用に製作された作品なので劇場公開はされていない。リチャードソン主演のホームズ物は、この他に「四つの署名」がやはりTV映画としてイギリスで製作されている(デズモンド・デイヴィス監督)。
音楽を担当したマイケル・J・ルイスは、ヴィンセント・プライス主演のホラー・スプーフ「(未公開)シェークスピア連続殺人!!血と復讐の舞台(Theatre of Blood)」(1973)でもヒコックス監督と組んでいる。冒頭のメイン・テーマからダートムーア地方の陰鬱で荒涼とした情景とバスカヴィル家の悲劇を象徴するような、物悲しく寂寥感に満ちたタッチで始まり、情感豊かなオーケストラル・スコアによって、映画のミステリアスな雰囲気と英国活劇のスピリットを見事に表現している。特にフィナーレはルイスの個性がよく出た極めて上質な音楽で、これがTVでしか放映されなかったというのは何とももったいない。このアルバムは作曲家のプロモーション盤としてリリースされているシリーズの1枚であり、ジャケットは白地に赤のシンプルなレタリングでタイトル、作曲家名、曲名等を記載しただけの簡素なものだが、この味気ないパッケージからこんなリッチな音楽が流れ出て来ると、そのギャップの激しさに唖然とさせられる(ルイスのプロモーション・アルバムのシリーズには全部このギャップがある)。
ところで、私はシャーロック・ホームズのファンでもあり、過去に作られたホームズ映画をかなり見ているし、自分でもL.A.留学中にホームズを主役にした映画を製作・監督したことがある。
欧米で最も有名なホームズ役者というと、何といってもバシル・ラスボーンなのだが、日本では彼の出演した14本のホームズ映画は公開されていないので、ラスボーンの名前は、エロール・フリン主演の「ロビン・フッドの冒険」等の悪役俳優としてしか知られていない。その風貌はシドニー・パジェットがストランド誌に描いた挿し絵から抜け出てきたような、まさしくホームズのイメージそのものであり、神経質そうな仕種やてきぱきとした口調等、これ以上完璧なホームズはないといったはまりようだった。ワトソン博士役のナイジェル・ブルースも有名であり、この人はワトソンを必要以上に間抜けに演じたため、「ワトソン=のろまでドジ」という一般の(誤った)認識はこの人のせいで出来上がっていると言われている(ドイルの原作ではワトソンはここまでドジではない)。アメリカに住んでいた時に、ラスボーン=ブルース主演のホームズ映画が繰り返しTV放映されていたのをよく覚えている。このラスボーン=ブルース版の「バスカヴィル家の犬」は、1939年に製作されており、監督はシドニー・ランフィールド、共演はリチャード・グリーン、ライオネル・アトウィル、ジョン・キャラディーン他だった。
その後、イギリスのホラー映画専門スタジオとして有名だったハマー・フィルムが、1959年にこの「バスカヴィル家の犬」を映画化しているが、この時の監督は、「フランケンシュタインの逆襲」や「吸血鬼ドラキュラ」等で知られる名手テレンス・フィッシャーで、ホームズ役はピーター・クッシング(フランケンシュタイン男爵役や吸血鬼ハンターのヴァン・ヘルシング教授役で有名なイギリスの名優。個人的には一番好きなホームズ役者)、ワトソン博士にアンドレ・モレル、ヘンリー・バスカヴィル役にクリストファー・リー(ドラキュラ役者として有名なホラー映画のスーパースター)が扮した。音楽はハマーの常連、ジェームズ・バーナードが作曲。
クッシングは後にイギリスのBBC TVのシリーズでもホームズを演じ、更に晩年に「(未公開)死の仮面」(The Masks of Death)というTV映画でも再度この役を演じており、イギリスでは最もポピュラーなホームズ役者として知られている(ラスボーンのホームズ映画は全てハリウッド製だった)。クリストファー・リーもフィッシャー監督によるドイツ映画「(未公開)ホームズと死の首輪」(Sherlock Holmes und das Halsband des Todes)や、最近作られたTV映画「新シャーロック・ホームズ/ホームズとプリマドンナ」(Sherlock Holmes and the Leading Lady)「新シャーロック・ホームズ/ヴィクトリア瀑布の冒険」(Sherlock Holmes and the Incident at Victoria Falls)でホームズを演じており、また、ビリー・ワイルダー監督の「シャーロック・ホームズの冒険」では、シャーロックの兄のマイクロフトも演じている。
上述のワイルダー監督による「シャーロック・ホームズの冒険」(The
Private Life of Sherlock Holmes / 1970、ワイルダー監督作品としてはマイナーな存在だが、全てが第一級の素晴らしい映画である)はミクロス・ローザが音楽を担当。サントラは出ていないが、ローザ自身が指揮したロイヤル・フィルの演奏による組曲が、かつてのコンピレーション・アルバムに含まれていた。
これは是非とも全曲盤のサントラをリリースしてもらいたいスコアである。
ニコラス・メイヤーの原作をハーバート・ロスが監督し、ニコル・ウィリアムソンがホームズ、ロバート・デュヴァルがワトソン、ローレンス・オリヴィエがモリアーティを演じた「シャーロック・ホームズの素敵な挑戦」(The
Seven-per-cent Solution / 1976)は、ジョン・アディスンがスコアを担当。これはプロモーション盤のLPが出ていた。メイヤーによると彼の第一希望はバーナード・ハーマンで、打合せまでやったが結局実現しなかったらしい。
ジョン・ネヴィルがホームズを演じた「(未公開)恐怖の研究」(A
Study in Terror / 1965)はジョン・スコットが担当しており、これは彼のデビュー作である(LPあり)。この映画はホームズと切り裂きジャックの対決を描いている。
ロジャー・ムーア主演(彼はイギリスが生んだ2大ヒーローであるジェームズ・ボンドとホームズの両方を演じた唯一の俳優)の「(未公開)ロジャー・ムーア/シャーロック・ホームズ・イン・ニューヨーク」(Sherlock
Holmes in New York / 1976)は、リチャード・ロドニー・ベネットがスコアを作曲し、レナード・ローゼンマンがオーケストラを指揮していた。サントラは出ていないが、優れたスコア。
NHKでもTV放映されたジェレミー・ブレット主演のグラナダTV製作「シャーロック・ホームズの冒険」(Sherlock Holmes / 1980)には、パトリック・ゴワーズが見事なスコアを作曲した(CDはVareseから出ている)。
マイケル・ケインがホームズ、ベン・キングスレーがワトソンを演じたコメディの「Without a Clue / 1988」は、ヘンリー・マンシーニが音楽を担当。サントラはないが、マンシーニ自作自演のコンピレーションに含まれている。これは、ワトソンが実は名探偵で、ホームズは彼に雇われた間抜けな役者だった、という設定。くだらないが笑える。
スピルバーグ製作、バリー・レヴィンソン監督の「ヤング・シャーロック ピラミッドの謎」(Young Sherlock Holmes / 1985)はブルース・ブロートン。
過去にVareseがホームズ映画の音楽を集めたコンピレーションを出したことがあるが、企画自体はなかなかAmbitiousだったものの、いかんせん演奏がやけにチャチで、映画音楽に興味を持ちはじめた頃にずいぶんとがっかりさせられた「アンサンブル・プチとスクリーンランド・オーケストラ」の悪夢が蘇って来るようだった。残念。
(1999年7月)
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